遠望


 『コツコツコツ……』
 数日、外に出ていなかった間に春は訪れていた。早いものね、年月は。 舗装された道にはまだ何の花びらも落ちてはいない。そう気づいた時に、 ひらひらと目の前に落ちてきたもの。それを見、ふと。一人の顔が浮かんだ。
 「あの人、元気にしてるかしら……」
 意識しないうちにぽつりと声に出ていた。心配は無用の人ではあるのに。
 桜。これが咲いて春だと詠う詩人はたくさんいる。
 「けれど……、そうね」
 ぼやけた薄紅の花びらが風に流されてまるで春の蛍雪であるかのよう。 散るさまは見る者を魅了してやまない。私はされたことはないけれど。 鉄屑を探しに不特定の地にむかいながら、でも足を止めることはせずに。

 『コツコツコツ……』

 長く続く木々の示す道標に逆らわず。また、来た道を引き返すこともしない。 ただ、満開になって散り時が迫ったものたちを振り向き気味に目で追うだけ。 惜しむわけでも……愛しく思うことさえ私の心には元来ないけれど。 数度だけ、数えられる程だけに。あの人が横にいた時は、散るのを惜しんだものだった。 けれど今はどこで何をしているのかわからない。
 それが、あの人の性質だから。 それにしても……別にこの時期に、帰ってくる理由などないのに。 花を見るのが好きというわけでもないし。花より団子という事もない。酒好きでもない。

 『コツコツ、コツ……』

 あとは散りゆくのみになると、目を逸らせなくなるのは、過去を思い出すから。 私も……あの人も、きっかけが作れなければ動けないものだったから。
 それをこの、ぼやけた薄紅が働きかけてくれたから。 過去にそれが散るのを惜しく思ったのは、大切な時間と重ねあわせていたから。
 再来を待っている、というわけでもないのでしょうけど。

 『コツ、コツ。コツ……』

 特別好きでもないけれど。惜しむことをまた出来るようになるのならその時は。 足を止めて、散っていく春の風の下で賑やかになるんでしょうね。 どうしてもこの色を見ると思い出される光景。この時ばかりは思い出す、あの人。
 「何故かしら……それでも、私は」
 あの人がいないという事に激情は生まれない……いえ、本当は。 本当はその理由も見つけているのだけれど。春、ただぼんやりとした中で思い出すだけ。 悲しむ姿をあの子たちに見せたら、あの人を嫌いになってしまいそうだから。 ねえ、あなたがこのぼんやりした中に長く気を留めることはないでしょうけど。

 『カツン……』

 ずっと首を捻っていたのを止めて。動かしていた足を緩めて、くるりと来た道を私は振り返る。 少し、いずれは地に落ちる薄紅を見たらあなたは振り向かずとも感じる事、あるかしら?





――――To be conted or the end ? ――――

短編作品集  Indexへ戻る

あ と が き。      激しい感情に振り回されるでもなく、かといって全く気にしていないということでもない。      ただ、ずっと帰って来なくて。いつも頭の中にいるわけじゃあないけれども。      だけど。とある事象を見て過去の思い出がよみがえる。そして隣にいない人に問いかけたくなる。      とまあ、振られた若い人なら元彼、元彼女に対して恨む節もありそうですが。      この方、既婚ですから。別居や死別とは違うんですが横に亭主はいなくてですね。      でも待ってる、とか心配してるというわけでもなく。まあ、いちいちキイキイ言ってちゃ持ちませんから。      それじゃ彼氏彼女の関係の延長線上のような気がしますんで。恋人付き合いと結婚は別物でしょう。      だからそんな夫妻も異世界なら穏やかにってのもアリかなー、と。(だって亭主、人じゃないんですよ。種別的に。      昔の古きよき、という割には男女差別激しかったんじゃないかー?とは思っていますが。      恋愛結婚して、その時代を生き抜いた人たちの間にはそう形容されるに相応しいものだったんじゃないか(と、勝手に願ってる      けど。こういうのが現代の若夫婦とか、帰りに居酒屋寄ってる熟練さんでも実現しないもんかなー、と。      で、花見の季節。なので桜に関したものをネタに書いてみました。ぼーっとしてたら冒頭の部分が頭の中に沸いたので。      季節物で、さて誰と誰でやろうかと思ったのですが。宴会を面白おかしく書けそうも無いので。こんな形に。      一人出てきた人は三十代後半で、子持ち(双子)です。とても精神が若いような気もしますが(私の実力不足で      誰やねん、と思っても「M A」や「うさき」に出てきたわけでもなく。そしてこの2つに今後も出るわけでもないですが。      でも結構前から頭の中にいた人ですんで。楽屋裏、いろいろ今まで溜めたもの放出しようかと。      というか……何、私自分の恋愛観みたいなものだらだらと語ってるんでしょう?      高1になったばっかの奴にんな事言われても、ということでオチます。      ちなみに。コツだのカツンだのは靴音です。テンポ悪いですかねー……

2005/4/10 笹木 香奈