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『Happy halloween?』



秋に降りしきる雨は冷たい風と共にやってくる。
空を見上げてただなんとなく大きな雨粒を手に集めようとする僕がいる。
うたれるのは嫌いじゃない。どちらかといえば好き、かもしれない。

少し嬉しいのは、濡れる僕を引っ張ってくれる腕がある事。
でも最近は一緒に濡れてくれる人がいるといいな、って思う。

それは僕にとっては高望みな願いなんだけど。でも、そうだと良いなって。
そんな思いに駆られる僕を呼ぶ声がして、ふり返る。
雨に触れていられない間はちょっと残念ではあるけれど。

でも、心の奥では待っていた。新しい、何かを呼び寄せてくれる何か……誰かを。
だからきみが呼ぶ声なら喜んで、腕をつかまれるよ。きみが幸せになるのなら、僕は。





ハロウィン。降霊祭前夜のお祭りで、もとは悪霊を祓うためのもの。
世間一般的にはトリックオアトリート。お菓子をくれなきゃのセリフでお馴染み。
カボチャの中身をくり抜いて顔を作るっていうのも、あるけど。
イベントにあんまり熱心じゃない日本人はそこまでしないのよね。
ボウルの中身をホイッパーでかき回しながら一人そう思う。
後ろではお姉ちゃんが楽しそうに見てる。早く食べたいならちょっとは手伝ってよ。
別にあたしはハロウィンにもともとあんまり興味はないんだけど。
近所の子供たちが十月三一日、今日。お菓子を頂戴と来るわけだから。
こうして今作ってる。カボチャ丸々一個、大きいのをもらっちゃった事だしね。
うちは二人しかいないわけだし、こんな時じゃなきゃ処分できない。
ハロウィンに作って、うちに来る子供たちにたくさんあげれば良い。
おかずとしてずっと毎日食べるのは辛いけど、お菓子ならすぐ食べ終わるし。
「あとは焼くだけね……お姉ちゃん、たまには手伝ったら?」
そう言ってみれば、返ってくる言葉はいつもと変わらなかった。
あたしが作るよりあんたが作ったほうがおいしい、だった。
……本気で花嫁修業するようになってくれるのはいつになるのかしら。
妹に料理任せてて自分の意地っていうものが傷つかないかないのってどうなのよ。

日が暮れ始めると近所の子供たちはやって来始めた。
でもカボチャを使ったお菓子作りで疲れたあたしはお姉ちゃんに配るのを任せてた。
さっき少し見た限りだとトリックオアトリート、って言いながら突撃してくるのもいたし。
去年は三人くらい、ぶつかりそうになって避けた後は少し大変だったわね……
リビングのソファの背もたれにもたれかかって、まぶたを閉じた。
休みの日の半日をお菓子作りに費やすのはこの日くらいなものよ。
去年も一昨年も、そうだった。その前は、お菓子を作る暇がなくて魔よけのお札。
今年はお姉ちゃんが魔よけのお札で、あたしはお菓子作り。
普通ならお菓子を作るよりもお札を作る事の方が大変なんだけど。
ハロウィンに子供たちに渡すのは簡易版だし、本格的なものより大きさは小さいから普段よりは楽なのよね。
そもそもカボチャを切るのに時間かかっちゃうし。誰もそれを手伝ってくれないから。
試食はするだけしておいて。こっちがお姉ちゃんに悪戯したいわよ。
「鈴実、清海ちゃん来たわよー?」
「はいはい、わかったってば」
ソファから起き上がってあたしは玄関へと向かった。今年も来てくれたのね。

清海はトリックオアトリートなんて言わずに、お菓子頂戴、と素直に言ってきた。
まあそう言うだろうと思ってたけど。清海の妹二人も清海の後ろにいる。
お菓子をそれぞれ三人に渡して、魔よけのお札を渡した。
これは簡易版じゃなくて、本格的なもの。
血筋なのか清海の家系は霊感が強くて、幽霊を見やすい分呼び寄せやすい。
だからこの時期、取り替える。定期的にかえないと、札の効力は弱まるだけだから。
「鈴実ちゃん、ありがとー」
「お菓子もありがとー」
「あっ、いけない。忘れるところだった」
いきなり声をあげて、清海は妹の肩提げ鞄の一つから何かを取り出した。
「うちのお母さんが鈴実にこれ、渡しなさいって言ってたんだよね」
清海はそう言いながらあたしに二通の手紙を差し出した。
いつもはあたしがお菓子とお札を渡すだけなんだけど……何かしら?
清海の言い方からして、清海はこの手紙に何を書かれているかは知らなさそうだけど。
それを受け取ると、清海はにっこり笑って双子の妹を連れて帰っていった。





『ピーンポーン』





夜中の十一時になって、玄関の呼び鈴が鳴らされた。こんな時間に誰よ?
さっき、ようやく明日の炊事の用意と今日のお菓子作りの片づけが終わったのに。
玄関の戸を開けた途端、あたしは相手を見て呆れ顔になった。
玄関先にいたのはそれぞれ仮装したレリとキュラ。
黒マントと全身包帯ぐるぐる巻きってことは扮してるのはさしずめ、マミーと吸血鬼。
そのマミーが十字架首に掛けてるのはどうかと思うわよ、レリ。
「本当にこの日の為にわざわざあっちに行ったのね……」
確か、昨日レリがキュラにハロウィン教えようって言ってたけど。
本当にこんな事の為にわざわざ異世界まで行ってキュラを連れて来るなんてね。
それにしても、よく此処まで引っ張って来ることができたものね。
キュラってこういう行事にはくいつき悪いと思ってたけど。
「うん。鈴実、お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうよ、魔法で」
例えばこの家を水浸しにしたり。なんてレリは言いながらお菓子の催促をする。
「え!? 家を水浸しにしちゃ駄目だよ」
ハロウィンなんてまったく知らないキュラの慌てる反応をレリは楽しんでる。
「お菓子はあげるから。ちょっと待ってて」
お菓子はまだ、七個残ってる。三個づつ二人にあげた。
あげるとレリはありがとう、キュラはごめんねと言ってあっさり帰っていった。
悪戯をするとか言うより先に、夜中に人の家を訪れないで欲しいとは思うけど。
でもそれは言わないであげた。二人とも楽しそうなら別にそれで良いんじゃない?
いつも苦笑いのキュラが今日はそうでもないみたいだったし。
「もうすぐ十一月に入るわね……寝ないと」
ハロウィンが過ぎればもう次の日には十一月。
それまで秋だと思っていたのがもう冬だと思わせる。
…………。そういえば清海がくれた二通の手紙、まだ読んでなかったわね。
あの後は晩ご飯とか洗濯物の取り込みとか家事におわれてたし。
結局まだあたしはその手紙を読むことをしていなかった。
そうね、読んでから寝ようかしら。渡された手紙はリビングのテーブルの上に置いていたはず。


ソファーにすわり、一つめの手紙を開封した。
「拝啓、秋風の吹く……」
この時候の挨拶、お母さんからの手紙? 癖のないきれいな字は、考えてみればお母さんの筆跡。
読みすすめていくと、いつも家をあけていてごめんなさいという一文が。
その次には近々家に帰って来るから、と書かれてあった。
お母さんのいう近々っていうのは四、五日後のこと。
手紙を書いた日の事を考えると、明後日には帰って来てくれるかもしれないわね。
あとは風邪をひいたりしないようにね、という母親らしい言葉。
最後は書いた日付とあたしとお姉ちゃん宛を示すのと、お母さんの名前。
二つめは、お父さんから。あと二、三件済ませたら帰ってくると書かれてあった。
それと、蔵の中の物はいじるなという言葉だけだった。
家を開けていてなんの罪悪感もないなんて、と少し怒りが沸いてきた。
……でも、まああの父親だし。今更言われてもそれはそれで退くわ。
必要最低限な事だけが書かれていた手紙。簡潔すぎて、それがなんだか潔く思える。
それにあのお父さんが手紙書いたってだけでもかなりの進歩よ。
そう思ったら少し、肩の荷が軽くなったように感じた。
「それにしても……どうして清海のお母さんからなのかしら?」
この手紙がまず渡ったのは清海のお母さん。
二通の手紙の封筒に切手は貼られてないし、宛先も書かれてない。
どうやってうちの両親はこの手紙を清海のお母さんに届けたのかしら?
そう思った時、呼び鈴が鳴らされていた。
こんな真夜中に……もうこんな時間にうちを訪れる子供もいないし、清海たちも来ない時間なのに。
でもまだハロウィンの日。誰だか知らないけど、お菓子だけ渡して帰ってもらうわよ。




玄関を開けると、目の前にカボチャ頭。よく見ると、ジャックオーランタン。
かぼちゃ頭に黒いマントの物体が空中に浮かんでいた。
ご丁寧な事に、中には大きなロウソクが火を灯していた。
もし、自分の手で一から作ったっていうならこいつは物好きってことなのよね。
ジャックオーランタンの横にいたのは、あたしがよく知ってるのだった。
「別に脅さなくてもお菓子はあげるわよ。ハロウィンだし……」
別に顔を見るまでもないからお菓子を渡して家の中に戻ろうとした。
相手が口を開く前に。なんか、喋らせるのは癪に思えたから。
それに口を開かせたらそれはそれで何を言うのか。
「……なんなら、魔よけもあげるけど?」
だけれどふり返るあたしにパクティは楽しそうに応じた。
わけのわからない、いつもへらへらとした笑いを浮かべてる奴だった。
でも、こいつも変わったわよね。あった最初の頃と比べると。
そう思うあたしも去年の今頃とは変わっていたのかもしれない。
けれど、こんな神出鬼没のような行動とってこその奴だから。
そう動くことはどこかしらわかっていたのかもしれない、なんて思いつつも。





今年のハロウィンはいつもと少し違っていて。それは多分、良かった。







−終−

あとがき

ハロウィン、好きです。なので是非書きたかった短編小説。
構想時間短かったのですが、すらすら書けましたねえ。
時間設定としては本編完結後、ということです。
ちなみにDLはオッケーですが、持ってく人はいるのかなー?
さて、ネタばれ的な話に移るとしますかね。
最初の段はキュラの思考なのですが……まあ、時間設定的に。
この時期、こいつは根本的な問題の改善されてないので(オイ
なので考え・行動は本編中と変わらず……とそんな事じゃなくて。
うーん、書き起こしと終わりが違う人物なのでしまりが悪い、かな?
一応最後の数文は両方の考えととれないことは……あるか(^^;
パクティはおおいに変わっちゃって、お前そんな設定だったの!? っていう。
ということで普通に鈴実の前現れてます。
ジャックオーランタンが奴のお供なのは自分の脳内でそんな映像が浮かんだので。
靖はハロウィンで騒ぐよりは体育会です。文化祭より体育会。
美紀は……家でTV、かもしくは親の犠牲=社交界につれていかれた、な方向。
そしてこういう行事には顔を出さないのがレイ。
キュラはレリに引っ張られる、ってのがもう方程式のように成り立ってる。
ほんとはハロウィン絵を描いてみたかったのだけど、描こうと思っても全然浮かばなかった。
ハロウィン過ぎればいっきに気分的に季節は冬、ですねえ。
今年は暖冬だそうなので、大丈夫かな(何が

10/30 あとがき加筆  3/29 文章改稿 笹木香奈