生物にはどうしても、と思うことがたまにあり。 その対象がたまに可食の物以外になることもある。 『赤天と君の空』其ノ一 某月、といえばそれは真夏の月を示し。 とある国のどこかの場所で。 はたまたどうしてかの路地裏にて。 ある二人が通りを歩いていた。 ちょうど太陽が傾き始めるくらいの刻。 『ハッハハッハッハ……』 二人の目の前には犬がでーんと居座っていた。 「この犬、っていうか犬なの? これ」 ただし、犬にしては大きすぎる── 人間よりずっと大きく毛深い犬。 そして瞳の大きいらしい、額に印を持っていた。 「犬科の動物を元に造られた魔生物だ」 一人の名は清海。もう一人はレイ。 レイは目の前の犬をすっぱり魔生物と言い捨てた。 そのことに清海は素直に関心した。 というのも、魔生物についての知識がないからだった。 大きい犬がどうして魔生物であるか。 そのことが気になるらしい。 が、そんなことに時間をかけている暇もない。 「くぅん……」 スリスリと巨大な犬らしい魔生物は敵意のない方に頭をすり寄せる。 「こんなに大人しいなら無理じゃないよね?」 いや、無理。なぜならば魔生物だから。 今は大人しくともそれは魔生物なのだ。 魔生物とは一筋縄でいかない、そういうものだ。 人の手で生まれた不自然な生き物。 それが魔生物であり、危険な物が多い。 たいてい何らかの害をなす。 それゆえ普通、魔生物は生成されることはない。 普通ならば。 だが今、清海とレイがいる国は普通ではない。 「離れろ。そいつは多分日が落ちれば暴走する」 その言葉が空間に響いた瞬間。 巨犬の皮膚が破けた。 |
古来魔力とは魔性のモノのみが持つ力なり これ魔物と呼ばれる異形の者達、 時の流れに沿って力を得た静物 その二つのみ、得手はその二種のみ 古代の終焉は魔力を持つ三種目が現れたことより 後、それは森羅万象となり 天地の狭間において神とかす して長きの古代は去り ヒト、魔性のモノと同等の力を得る これよりヒトの世とす── 『魔力についての記述本 序章より』 『赤天と君の空』其ノ二 『ガルゥルル……ヴァン!』 夕暮れ時の空に咆哮が轟いた。 近所迷惑だよ、犬科系魔生物。 これが小型犬の遠吠えならば可愛いと思う者もいるかもしれないが。 だが生憎と目の前にいるのは大型犬どころか動物でもなかった。 「え、さっきの犬が……」 ゆっくりと後ろずさって清海はポカンとしていた。 そう、先程までじゃれついていた大きい犬。 それはやっぱり魔生物だったのである。 でなけりゃ犬の毛皮が裂けて中から更にでかい生物が出たりしない。 で、やっぱり凶悪だから魔の生き物は。 ぼけてる清海に向かって鋭利な爪が振るわれた。 『ヒュッ』 動く暇もなかった清海をレイが引っ張る。 五爪の鋭利な物を刃物を受け止めるのでは動きに詰まる。 狙うのは武器ではなく体。 清海を引き際にナイフを投げつける。 足の裏、肉球の間に風を切る速さで突き刺さった。 魔生物に少しの痛みを感じさせた。 その瞬間僅かに出来た隙を逃さない。 「手加減はするな」 剣を抜き魔生物の首に狙いを定めて跳躍する。 その時いつ投げたか魔生物の両目は潰されていた。 『ヴァ……ヴァワァァッ!?』 魔生物が恐怖に侵され始めた頃にはもう済んでいた。 「ごめんね」 呟きが聞こえるかのうちに魔生物に雷撃が落ちた。 焦げるにおいもなく、煙があがることもなかった。 雷撃の後に残ったのは血のついたナイフと剣。 そして消し炭と化した街道のブロック。 魔生物の居た場所には赤く光り輝く宝石のみがあった。 |
魔生物、学科名は魔道制御生物という 古代からヒトの世に移り、魔力はヒトに叡智をもたらした 人々の生活の根底には魔法の恩恵がある 魔術によって闇をうち払い希望を編み出し 方術によって魔性から身をまもる 魔力あってのヒトの世で科学というものを提唱する者がいた それは異端者と見なされた 魔力を使わずしての発展 それを突然信頼されようはずはなかった 魔法を捨てろと宣告されたかのようで 楽から苦へ身を落とすのは出来ない だが周囲の迫害を受けも、科学の結晶は作りだされた 実らない実験と周囲の迫害の苦渋の中 魔道制御生物は作られた 科学者の血だまりに落ちた鉱石が血を吸い 一人の命の果てに別の人造生命 どれだけ科学に尽力をつくしても やはり魔力には抗えぬものだった。 『魔法と科学第19章』 『赤天と君の空』其ノ三 「ほんとに宝石が中にあったー」 街道に落ちた一つの宝石を見て清海が目を見開いた。 「そういうものだと言っただろうが」 それをレイが拾い包帯で宝石をくるんだ。 「普通あり得無いでしょ」 「人造生物にあり得ないという文字はないからな」 清海の当然の言葉はスッパリと切り捨てられた。 人造生物というのはそもそも普通ではない。 自然の摂理に反し、本来いるはずの無い生物だ。 だからあり得ないということは無い。 それが人造生物の真実ということ。 「……でも、ほんとに大丈夫かなー?」 「報酬は奪う。これはよこさない、それで当初の目的は果たせる」 それで良いだろう、と目でいえば首を傾げられた。 「だったら、だれがあの犬の面倒見るの?」 依頼主が悪い人間だったら宝石は渡さない。 つまり、ひどい飼い主にこの子は任せられない。 そういうことだった。そういう。 「……俺の知ったことか」 そんなことはレイにとってはどうでも良いことだった。 呆れて空を見上げるくらいの気力もうせた。 どうでも良いことばかり気にするな。 そう言ってレイは歩き出した。 清海はそれに抗議をするため足を動かし始めた。 |
科学者の生命が失われた その時流された血は赤く、禍々しかった 聖なる炎の色・太陽のくれないの色 それらとはまったく異質のものだった まるで科学者の哀愁を物語るかのような その血を吸った石は魔生物の核となり 愚者の星、と名付けられた 魔生物は核さえあれば何度でも再生する 封印を施すか対処の方法はなかった 自然の摂理に反す物として忌み嫌われた だがそれは終わりに恐怖する者の脆弱さ故ともいえた その一方で永遠の愛玩具、不死の召使い そして生物兵器として重宝されもした 数百年前に愚者の星は生まれた その後、命を失わず精製する方法が編み出され 数多くの愚者の星はつくりだされた だが今でも大量の血はなくてはならない そのために愚者の星は赤黒い色しかない 『愚者への警告第3話より』 『赤天と君の空』其ノ四 立ち止まった場所には廃屋寸前の建物があった。 しかしその場所一帯、すべて似たようなものだった。 よく言えば数百年もっている遺産的なもの。 だがこの場所一帯は遺産、といえそうになかった。 「……ここ? すっごく胡散臭そう」 素人でもあからさまに判断がつけれる。 たとえ建築技法がよくわからずとも、だ。 決して二人の前にある建物は、ほったて小屋ではない。 見る者を不安にさせる要因があった。 道端に捨てられた酒瓶、そして欠けた破片。 歩けばその足跡がよく残る土道。 何故か土の色は少し赤みがさしている。 「これを欲しがる奴にろくなのはいないからな」 魔生物は数年前に法の改正によって精製・売買は禁止された。 だが法で取り締まられる以前でも望む者は多くはいなかった。 買う者はほとんどが狂った人間たちしかいない。 「大丈夫かな。私、外にいたほうが良いんじゃない?」 その問いには首を横に振られた。 「そのほうが危険だ」 敵の本拠地で一人外におくことはしてはならない。 どれだけ強い者であっても多勢対一では。 建物内では入る事のできる人数は限りがつく。 だが外ならばそんなことはない。 一つの建物に対しそれを囲むすべてが外。 別の建物に仲間が潜んでいる場合もある。 一人が人質になるか、全員で捕虜か。 全員捕虜ならば人質をとられた時よりも幾分か行動に迷わなくて良い。 「お前はこっちの考えを悟られないようにしてろ」 |
魔法には自然の要素とは別の物がある 大陸の要素に火、木、土 海の要素は水のみ 空の要素には雲、雷、風 この三つの要素は自然と共通するものである そして光、闇、霊 この三つは自然とは関係がなく また一部の何かに多大な威力を発揮す これら六つの要素を合わせることができる だが召喚、獣を操る力はこれらとは違い 掟の一つではある しかし他の要素と組み合わせる術がない為 要素とは別の存在として扱われる 『色辞典 掟と要素三章より』 『赤天と君の空』其ノ五 いかにもうさんくさげな建物内。埃がたまっているのが目につく。 掃除という手入れなど長い間されていなかったのだろう。 清海とレイはその中、怪しい奴らに囲まれていた。 目をぎらつかせていて容赦などしない、者たち。 交渉は決裂とかいうそれ以前の問題があった。 なぜってそれはお互い交渉をする気がなかったからだ。 「さあ、そいつを置いて出ていきな。そうすりゃ命はとらねえよ」 ところで。武器を持つ人間には何種類もある。 護身用でそれなりに腕が立つ者。 好戦的で戦いに使う者。 何かをまもる為に、もしもの為に持っている者。 自身は扱えないが趣味で集めている者。 誰かを脅すために使う者、生きる為やむなく持つ者など。 武器を持つには各々に理由がある。 そしてこいつらは何かというと…… 「報酬は」 レイが短く問うと、一人の男が少し大きな布袋を見せた。 「金ならここだ。だがお前らの報酬はこれさぁ!」 武器をちらつかせて脅す弱者。 その声を合図に清海とレイに斬りかかる者達。 「レイッ!」 叫んだのは恐怖とか不安とかそんなもののせいではない。 「諦めるしかない」 誰が、は奴らがである。何を、とは命のことである。 「観念しなぁ、ガキ共!」 だがこんな短い会話はその二人にしかわからない。 武器の脅しが効いている、と確信していた。 距離はもう無い。四方八方に剣先がある。 「レイのバカ──ッ!」 身をかがめてそれをよけたのが一人。 その声が最後まで聞こえたのはただ一人。 レイは数分もかけず脅しをかけた人間を再起不能にした。 かかる奴は容赦なく殺す、それがレイ。 彼は武器は殺傷の為に持っていた。確実に殺す為。 そしてそのことを清海は知っていた。 「バカ、峰打ちだ」 あ、バカって言ったからバカで返したよこいつ。 剣を鞘に収めたのち、レイは訂正をした。 「え、そうなの?」 驚く清海を置いてレイは出口へと向かう。 両刃剣で峰打ちとは器用な。 峰があるから出来るんじゃないのか。 「せいぜい動けないくらいだ。行くぞ」 『ギィィィ』 うめく男から金の入った袋を抜きとり、軋む扉を開けた。 「良かったぁ」 二人は足跡も消さずうさんくさげな場所から去った。 |
人には時にこれがどうしても欲しい、ということがあり またそれに勝てず手を出してしまう では魔者はどうなのだろう 人として生きると決めた者 無用な殺生をしないと誓った者 それぞれの行動は大きく異なれど 昼と夜の世界の変わる刻の黄昏 それは過ぎるのを待つ苦しい夜か 魔性の本性に身をまかせ酔いしれる夜か どちらをもたらすことになるだろう 『魔者に関する特記事項より』 『赤天と君の空』其ノ六 静かな酒場。店の中に流れるのは陽気な音楽。 今日もまた娯楽と情報と仕事を求めて訪れる客たち。 時々漏れる僅かなざわめきのみがその場の唯一の騒音だった。 「よぅ、お前ら。あの件はご苦労さん」 若い男がカウンターの席にいた清海に声をかけた。 髪は短く、背は高い。そして短剣と長剣を腰に携えている。 特に変わり映えの無い男だった。 「あ、シュピールさん」 何かの書面を読んでいた清海は顔をあげた。 読んでいた本人とってはよく見知った言葉で短く数文。 「レイは相変わらず愛想ねぇな。で、そいつぁは何だ?」 「これ? 手紙だよ、友達からの」 言葉のやりとりが途切れると店の主が注文はないか聞いた。 「あー、そうだな。果実酒一本。俺、持ち帰るわ」 店主があいよ、と注文を承諾し探し始めたのを見て清海が口を開いた。 「でも、ああもよくあっさりと行ったよねぇ」 「必死だったからな、奴らも」 二人が話しているのは愚者の星のことだ。 レイと清海が愚者の星回収の依頼主の場所へ行った後のこと。 依頼主の代理は脅しをかけたがレイにあっけなく全員再起不能にされた。 二人は足跡も消さず依頼主の場所を去った。 誰も殺さず、足跡も残る場所で足跡をけさなかった理由がある。 愚者の星をエサにおびきだす為だ。 レイはシュピールの持つある組織に属していた。 組織の者達の集う場所へ誘いこみ、捕らえる。 それがシュピールの狙いであり、それが見事に成功した。 依頼主とその手勢は全員捕まったという。 つまり、彼らはまんまとしてやられたのである。 「それでもあそこまで……」 「まあいいじゃねぇの。それに今は酔いてぇらしい奴がそこにいるしな」 「え?」 『ドンッ』 「はいよ、これがうちで一番強い酒だ。でもあんた大丈夫なのかい?」 店の女将がレイの目の前に大きなジョッキを置いた。 『トン』 女将の引かれた手と入れ違いに店主の手が伸び、酒瓶が置かれた。 「今日はあんまりそいつに構わねぇほうが良いぞ」 それを受け取ると金を払いシュピールは店から出て行った。 |
喉が渇いていることに気づく時がある その事に気づいたときに浮かぶ残像 それと同時に渇きを癒そうと思ってしまう だがそれはできない どれだけ耐えることがつらくとも 自分の中にある誓いは破らない どれだけ既に闇に堕ちているとしてもだ 大切だったものを奪った 奴と同等のことだけはしない、絶対に。 『赤天と君の空』其ノ七 「レイ、大丈夫?」 忠告があったがその意味は深く考えていなかった。 魔者は月の無い夜に覚醒する。 月の光がない夜は魔物の力がもっとも弱る夜だ。 だが魔者にとって月は力の制御の対象であった。 人にとって、月とは灯りを与える美しいものではある。 けれど直接、人の体に影響するものはない。 魔物と人の間にできた魔者は特異の存在。 何がどう作用するのかわからない。 だが、魔者は月の無い夜を恐れた。 彼らにとっても満月の時が一番力が安定する。 だが、力とは常に精神に凌駕されるものだ。 太陽も月も無ければ精神は不安定になるらしい。 月が満ちた次の夜、月の見えない夜は。 安定し満ちた力が不安定な精神に従う。 魔者にとっては抑えつける力が無い新月。 もっとも絶大な力を及ぼす夜なのだ。 「レイー? 人の話きいてる?」 「……」 今夜は新月。大人しくしているつもりの魔者は苛立たしげだ。 「あの犬、誰が面倒みるの?」 愚者の星を核に持つあの巨大な魔生物。 ろくな話もきかせず仕事に付き合わせたせいでしつこい。 どうせまたいつものようにいろいろ聞いてくる。 その事を考えると苛つきが強くなった。 『ぐい』 四の五の言わせず引き寄せ、手許にあったグラスの酒を飲ませた。 「え、う……」 レイは口を開かせた時にあたった頬の内側の温度を感じた。 清海は飲まされた強い酒に耐えきれず前のめりに倒れかかった。 今回の酒の提供者は無言でグラスを磨く店主であった。 少し同情するぜ、な顔でレイを見ていた。 店の主としては言葉交わさずとも理解し助太刀するのが商売上手というもの。 そして声に出さずとも、その酒の代金は払えよとも目がそう言っていった。 赤字を出してやる程の仲ではないとしても。 そうとわかっているがこの夜のレイには都合が良かった。 自分の精神が不安定なこの夜は。 酒でのどをやいて渇きをごまかしたかった。 「今は寝てろ」 横にカウンターに頬をついた清海の顔をちらりと見、レイはそう呟いた。 のちにレイは魔生物を飼うことになった。 その時彼の横には清海がいて。 清海が魔生物とじゃれる姿を見て呆れたけれど。 彼にとってはその平和な光景は、苛立たしいものではない。 青空を見上げてついたため息に絶望や悲しみは微塵も無い。 仕方がない、と目を細める前の区切りのものだった。 これは秋の始まりを告げる風が大陸を渡る季節のこと。 魔者の少年も平和な日常を得ていた。 |