『無言の決定』 風呂上がりの一服 紅茶を淹れた それに牛乳を入れた だがどうにも妙な味がする やはりテイオレには砂糖がなくてはならぬのか わたくしはポツトを食器棚から取り出し 黒糖を加えた 白糖は好かぬ あれは毒であると彼のイイエスピイも断じておることだ 似非に過ぎない念力など信じるには値もせぬが しかし其の一言には価値が在る 辿つた道は如何ようとも 著名に為つた者がそれと公言したことが肝要なのだ うむ この味にこそわたくしは安堵を覚える 乳の味がほんの少しでもするものには甘みがなくてはならぬ ほつと息をつき 寝台にまで飲物を運ぶ 部屋の物に足を引掛けぬよう電燈を点して於いた タンブラアを座卓に放置し 灯を消す ――ふと 部屋の正面を見上げてわたくしは背筋が冷えた 天井から一体のヒトが首を括つているように見えたからだ だが 直ぐに平常心を取り戻す 此処はわたくしの一人暮らしの仮住まい 他のヒトなどおりはせぬ そして わたくしは霊など視えぬ身なのだ―― 意識を強く持てば 何と謂うことはない それは室内で干す儘にしていた洋服の上下だつた 偶々とは謂えど一ヶ所に纏つていたのが悪い 御蔭で目の錯覚を起こしてしまつた 嗚呼 それにしても 位置が此の上なく悪しきことかな 部屋の中央 しかも窓の中心というのが心の臓に酷だ 窓枠が交差する其処には長細き十文字が常に据わるのだぞ 逆光により闇夜に浮かび上がる影は 単なるスイシダアズなぞではなく まるで西方に伝わるメシアの再来のようではあるまいか まつこと薄気味の悪い想像をしてしまつた ――斯くなる上は不気味な光を此の身に浴びるしかあるまい 「……フウ」 そう決意し わたくしはノオトパソコンを開くのだ―― |
2008/06/24 掲載 笹木香奈