四頁 処刑場の番人
『ニンゲンコロス オマエモナカマ キヒヒッ ヒッ』
げぇ。寄るなっつたのに近づいてくるよ、のそのそと。殺す気満々で笑う。
生き残るためにはあれを倒さなきゃならなさそうだ。と、なれば計算して喧嘩する必要がある。
そのためには……間合いから何秒後に攻撃してくるか予測しねえと。奴とあたしの距離、ざっと十メートル。
あの歩きがなーんかボスキャラっぷり出してるよ。あれだけ余裕なら確認する時間はあるな。
あたしは自分の手持ちに何があるかもわからない。……武器になりそうなものねえかな?
ごそごそと腕の袖に手を差し込んでみた。スパッと。だいたいこういうとこに詰め込んでるだろ。
袖の下には財布とか爆弾とか価値のある物とか、暗器とか。たいして期待はしてないけどな。
すごいもんがあったらあったで引くし。使い道が分からないなら持ってるだけ無駄、足が重くなるから捨てる。
せいぜい包丁で魚を三枚におろすくらいの技能しか現役中学生にはないんでな。
まあ、ライターとか木槌があれば御の字だ。野球のボールでもいいかもしれない、飛び道具になる。
『シャラン』
袖をより深く漁ろうと背中を曲げると後から、鈴が鳴った?
そういえば、さっきから背筋をピンとさせる何かがあったんだよな。
あのキツネ耳を追ってた時は衣擦れの音が気になってはいたけど振り返る余裕はなかったんだけど。
あたしは腕を回して首筋あたりを探した。んー、多分此処らへんにあるはず……お、指に何かあたった。木製だな、こりゃ。
掴んでみると、野球のバットを背中に担いでるのと同じような感覚だ。すっと引き抜くことができる。
これ、錫杖じゃね? 見るまではバットより短いかと思ってたが、丈はあたしの背とほぼ同じ。
ざっと見、百六十センチはあるか。棒にしては異常にリーチが長すぎて力がないと扱いこなせないだろう
けどおかしいな、走ってる時はさっきみたいに鳴ることはなかったのに。サイレント機能でもついてんのか?
……まあ、此処は法則無視した世界なんだ。夢の世界って何でもありだしな、考えるだけ無駄ってものか。
でも、どうやって扱えばいいんだ、こんなの。棒術とか剣道なんてもんあたしは心得てない。マニュアルはねえのか。
とりあえず片手に錫杖を持ちながら袖をまくって一番奥まで漁るとお札を発見した。あ、これ使えるかもしんない。
まだ奴との距離は三メートルもある。あれだけでかいなりをしてて、射程はかなり短いらしいな。まだ仕掛けてこないとは。
「おりゃっ!」
早速お札を格好良く指先を揃えて放ってみたが、ビュッとは飛ばない。なんでそういうとこは常識に従ってんだよ。
夢の中で限界突破しろってか、自分は空飛べるぜって暗示かけろってか。永遠の少年についてって大気圏を生身で突破かよ!
じゃあ誰かあたしに妖精の粉振り分けてくれ。柄じゃねえかもしれねえが性別的にいってあたしの配役はあの長女だ。
断じてあたしは妖精本人でも成長しない子供でもないし、海賊でも先住民族でもない。物語の外の人間なんだよ悪いかコラ!
……少し、冷静になって書かれている文字を見ると、なんとなく攻撃向けじゃなさそうってことがわかった。
駄目だ使えねえ。とりあえず自分に貼りつけておくか。この際藁にも縋るぞ、夢の中だから千切れないだろ掴んでも。
ぺたっと自分の胸元にぶつけると糊もつけてないのに普通に張り付いた。やっぱこれ、防御型かー。
張り付いたお札が剥がれないのを確認して、持ち続けていた錫杖を握り直して感触をしっくり来るまで確かめた。
満足いくまで棒をいじってから上を向くとガイコツはさすがにもう目の前にいた。やっぱり馬鹿でけぇ。
こうしてみると結構距離が開いてたんだな。今見上げたら人間の百倍は大きい。高層ビル並みの身長だ。
でもホラーとしては三流だな、あの面構え。……うん、やれないことはないだろう。
腹、括るかそろそろ。ようやく平生の落ち着きが戻ってきたことだしな。
別に腐っていく様見せられるわけじゃねーし。ガタガタ戯言を言ってるだけなら使い古されたキャラクタだ。
だってさ。あれって見た目でかいだけのスケルトンじゃん? 生きてないってすぐにわかるだろ。
死体なら、倫理観どうの考えなくても倒せる。その口実がもう既に用意されてある。安らかに再び眠れ、だ。
倫理が関わってくるのはその死体を実験に使うなんてしなければ良いわけで。そこまで腐ってないよ、あたしも。
だから容赦なく戦える。遠慮はしてやれるほど強くない、最初っから最後まで全力戦だ。
「ひねくれ者はひねくれ者らしく、自分の意地張って筋通すぜ」
帆戸賀夕花、久礼橋中学校二年生。何故か現在、夢の中で法師やってるわけだが。
あたしは法師らしく錫杖の棒を縦に振った。それは見事奴の右膝に命中し……巨大ガイコツを分割した。
いや、上半身と下半身に分離して戦闘不能ーとか。
てへっ、実は僕カルシウムを生前取ってなくて骨粗鬆症でしたとかじゃなくて。
おいおいおいおいおい。分裂することはまだ考えていたが、さすがに綺麗にスッパリ一体が二体になるか?
答えはノーだ。なんだお前は単細胞生物か紫陽花のDNA持ってんのか。アメーバかっ。
一発の縦振り打撃は、一体のガイコツをサイズ二分の一のガイコツ二体に早変わりさせた。
繰り返すこと、数十回。二乗計算的に、ネズミ講的にでかさは減っていったが数が比例して増えていった。
『キヒヒヒヒ』
ガイコツが嘲笑う。一匹がカタカタし出すとそれにつられて他のもカタカタガタガタしだす。
頭ではわかっていても、攻撃するしか敵の攻撃を止める手だてがないとどうしようもない。
奴らが手を振り上げて襲いかかってくるのを錫杖の尖った先で迎え撃つと、分割して後ろに飛ぶ。
追撃しようとすれば横と背後のどちらからか迫るガイコツがある。それを同じように薙ぎ払う。
その作業の繰り返し。全部勘で撃退してるが二乗して数が増えていくだけに、辛い。でかさは二乗分の一だけど。
「……ざっけんなよ」
無駄と承知しつつも、それで諦めることは負けを認めるようであたしは棒を振り続けた。
普通のガイコツサイズになった時、奴は幾十にもに増えていた。
こーいうのは、ゲームだと弱点つけばあっという間なんだけどな。
この夢の攻略本、どっかに転がってねぇ? もしくは倒すヒントの用紙が埋まってたりとかさぁ。
いつまでも自分で自分がじれったい。けど、攻略の手がかりになるものが何も見あたらない。
こいつら全員をノーヒントで蹴散らせと? そんなのよっぽどの反射神経と体力がなきゃ全部はかわせない。
容赦をする気はまったくねえ。だけどあたし一人じゃどうにもできない。今はなんとか凌げてるが。
防戦一方ってのは疲れないっていうけどよ……攻めは最大の防御ってのばかりは、嘘だな。
その証拠に身体はもう息切れを起こしかけてる。ガイコツたちは何を思ったかあたしが止まると身動き一つしない。
畜生、踏み込むのは慣れてるけど棒振るのは慣れてねえんだよ……組み手の仕方も知らねえ。
あたしの技能で攻略できないとしたら、他に使えるのは落とし穴に落ちて以来何もしてねえキツネ耳の技能だ。
じゃあ、あのキツネ耳とタッグを組むしかないのか。あの人間嫌いと?
それはそれであたしは手を組む気がなかった。あんなのと手を組むのは御免被る。足を引っ張られそうだ。
力を合わせてマイナスになるくらいならあたし一人で倒す。いつかは塊から塵にでもなる! ……すんごい疲れそうだけど。
ええい、もうヤケクソだ。塵も積もれば山となるの逆を実践してやるぜ、夢ん中だからな。やるだけは可能!
ああ、私何をどこで間違えたんだろう。
師匠があれだけここには落ちるなって言ってたのに。
それを回避するためにタブーも言ったのに。
一日二回でも前は助けてくれたのに。
それでも、私は落ちた。遂に姿を見せない精霊にも見捨てられた。
しかもニンゲンのせいで番人が目覚めちゃうし。確証はないけどきっとそうだ。今日は朝から悪いことばっかり。
それに逃げようにもここは昇れそうなものはない。そう、落ちたら自分の足では戻れない。
だから、落ちたら一巻の終わり。自力で脱出できないのなら番人が寝てようが関係ない。野垂れ死にか、殺されるか。
師匠は遠耳だから助けを呼んでも気づいてはくれないし、気づいたところで私をひっぱりあげられはしない。
此処は──死者が決してはい上がることができないように作られた落とし穴。地上からの助けは、弾かれる。
でも。私はまだ死んでなんかない。ドジを踏んで落ちてしまって、たまたま……いつもの手が差し伸べられなかっただけ。
だけど。その理由を心の奥底で探すことが私に影をもたらす。
自分の存在すら呑まれてしまう恐怖という闇に引き戻される。
『ココ、ハ……ショケイバ。コ、イレラ…ワチ…ミス…テ、ラ』
「っ!?」
転がっている一つのガ、ガイコツが……しゃべっ、しゃべっ。喋った!
恐ろしくて剣で喋ったその顔を何度も何度も突き刺した。師匠が傍にいてくれたなら、恐れることはない闇相手に。
この落とし穴に何が待ち受けているのか、知っていた。
番人の置かれた意味。
嫌悪からくる殺意、嗜虐心を映し出すもの。
そしてその語るガイコツも番人の犠牲者とわかるのに。かつては私と立場を同じくしただろう、弱者。
嘘をついていないことも、恐怖を煽るつもりでもないこともわかる。
悲しみを口にしているのであって、絶望への誘いじゃないのに。
「話しかけてこないで!」
それでも私には引き金になる。過去の拒絶を思い出させる。
今の些細な幸せを崩す、忘れておきたい記憶をひきずり出す。
"此処は逆鱗に触れた者の処刑場。此処に入れられること即ち。──に、見限られた証拠"
私は見捨てられたわけじゃない。絶対そんなことない。
魔法を教えてくれる師匠がいる、天気の話が出来るスズメがいる。
でも……母さんも父さんも、もう傍にはいない。奪われた。二つの一族の手によって。
≪お前は私達とは違う。死ね、バケモノめ≫
母に連れられて訪ねたうさぎの一族で族長が冷ややかな眼で痛烈に放ったコトバ。
声が、出せなかった。母はその日一族の水場で水を飲んで、死んだ。
私も飲もうとした矢先、母が水場に沈んだ。私は、父のもとへ逃げ出した。振り返らずに。
≪お前など我らの恥だ。……うせろ≫
父に連れられて訪ねたキツネの一族は私が足を踏み入れた瞬間追い返した。
そして父が一族に背を向けようとした時、横合いから喉笛を噛み潰された。
すぐには絶命しなかった父が何か呟いて、それでの場にいた私以外の生き物は死に絶えた。
護ってくれる親は、暖かい家族はいなくなった。
父さんと母さんが死んだのは私のせいだ……でも。
≪お前もわしと同じ見放された者か。力が欲しかっただろうな?≫
初めて師匠にあったときに、言われたコトバ。図星だった。私は力が欲しかった。
母と父を失うことのないような力。誰かを守れるだけの強さが。
それを得たくて、師匠に魔法を習い始めた。魔法は脅威だから。
これだけは普通の動物ではどうあがいても決して得ることの叶わない力。
魔物の、証かもしれない。でも、これは天賦の才なくば努力すら出来ない。
お前にならできるだろう。そう言われたのがすごく嬉しくて。
両親が殺されてから師匠に会うまで私は存在を否定されていたから。
そう。だから、見捨てられたはずがない。そうだよ、まだ教わってる途中だから。
師匠は寝てて気づかないだけ。スズメは、気づける力がないだけだもん……絶対、絶対!
『ニンゲンコロス。オマエモナカマ、キヒヒッ。ヒッ』
絶望を乗り切った私は、声がすぐ近くからすることにどれだけの時間無防備でいたかはっとした。
番人が私の後ろにいたのに気づかないくらいに拒絶されることが私には耐えられなかった。
でも、感傷にひたってる場合じゃなかった。あのことは今だ癒えてはないけれど。
でも、過去に固執しなくても今の私には師匠とスズメがいる。
それだけで、十分。幸せすぎるよ。
私は完全に見捨てられたわけじゃない。だから生きる。生き抜いてみせる!
それが、母と父へできるせめてもの弔いでもあるだろうから。
番人は私になど見向きもせずニンゲンへと近づいてはバラバラになり、増える。
鈴に似た音を響かせながらニンゲンは紙を投げたり棒で番人を攻撃する。
今がチャンスなんだ。逃げなきゃ。でも、そうは言っても今の手持ちじゃ逃げれない。
第一、ここから逃げようとするのをみすみす見逃してくれるほど甘くない。
ニンゲンがやられたら次は私。だけど、殺されたりなんかしてやらない。
でも……駄目。逃げれない。だってあんなにも地上は遠すぎる。私は浮遊術を得ていない。
落ちる時に開いた穴はいまも開いて光をもたらしはするけど助けてはくれない。
≪バケモノめ、汚らわしい!≫
≪我らの生きる鎖に貴様は連なっていない。貴様は魔物だ≫
私は彼ら一族と出会うたびに白い眼で見られ続けた。私だって自分が憎かった。忌々しかった。
どうしてただの、うさぎとキツネの間に生まれたものじゃなかったんだろう?
どちらか一方だけ受け継いでいたなら、って。
近づけば皆一目散に逃げ、恐れと憎しみのどちらかで眼で遠まきに私を見ていた。
周りには敵しかいなかった。そして無力だった。だけど、今は違う。抵抗出来る魔法がある!
でも、いくら精神を落ち着かせようと、ある程度集まった魔力が分散していく。
「どうして……魔力が、集約しないの?」
それはつまり。私はこの場で魔法が使えない? 精霊は呼びかけには応えようとしてくれているのに。
現に、あのニンゲンは法力を行使して戦ってるのに。発動させる力が纏まらないんじゃ魔法が使えない!
「がっ……!」
ニンゲンがついにやられた。ゆっくりと身体が白骨の山に沈んでいく。
『キヒヒ。マダマダ、チガカワクマデダ。ナカマトナリエルマデ……ヒヒッ』
おぞましすぎる。番人は生きている者を骨だけになるまでいたぶり続けるというの?
脱力してしまい、心の支えの剣を手放してしまった。格が違う。違いすぎた。
地下の番人に手を出しちゃいけなかった。絶望しか残ってない。
絶望の先に希望という光はない。
『ヒヒッ。オマエモイッショ』
振り返った番人の本来眼球があるべき箇所が不気味に光った瞬間。
番人以外のすべてのもの――たくさんの白骨、朽ちた石、杖、ニンゲン、剣、私――が高く舞い上がった。
そしてまた地に、正確を期するなら白骨の山の上に叩き落とされた。
「うっ……あ」
ニンゲンがまた白骨の中に深くめり込む。よく死なないものだとは思う。それは、法力を行使できるから?
魔力との違いは一体何? 魔力と法力は性質こそ違うけど、精霊に働きかける点は同じなのに。
剣はニンゲンの近くに飛んで、頭蓋骨に突き刺さった。頼みの綱さえ千切れたの……?
ねえ、闇の中でも昼の精霊はニンゲンに力を貸せれるのに。護っているのに。
どうして夜の精霊は私に力を貸すことが出来ないの。闇は、夜の仲間でしょ。
魔法という言葉は、魔力も法力も同等という意味なんじゃないの? ねえっ……
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