五頁 宝玉の秘めたる力
無数の拳のうちの一つが腹に打ち込まれた。それは骨という見た目に反して重い。
さすがに十分以上も休まずに攻防を続けてりゃあ一発はくらうよな。
むしろ今まで全てを避けてこられたことのほうがすごいことだ。
動き続けることを諦めた途端に、それまではなんともなかった息切れが自己主張を強める。
呼吸をすることの苦しさに負けたあたしは心臓だけはガードして仰向けに倒れた。
『キヒヒ。マダマダ、チガカワクマデダ。ナカマトナリエルマデ……ヒヒッ』
ひゅーひゅーと隙間風が吹くビルのような喉を、震える利き腕でおさえたが何の足しにもならなかった。
骸骨は格好のチャンスだというのに何故か見下ろすばかりで攻めてこない。愉悦に浸ってでもいるのか。
身体中から危険信号のように汗が流れ落ちる。それが染みこむ先もまた、骸。
動くか動かないかの違いはあるが、それでも背中に敷いた人間の残り滓はこいつらと同じ。
『ヒヒッ。オモエモイッショ』
狂気の世界かこれは。骨の上に立つ骨、骨の上に横たわる人間、人間を見下ろす骨。
シュールなもんだな、と鼻の先で笑おうとしたときそれらの構図は取り壊された。
骨が浮きあたしが浮き何処に隠れていたのか小石の大群も浮き、一瞬に過ぎなかった無重力は猛威をもたらした。
「うっ……あ」
引力によって地に帰ったあたしの上に小石、骨が遅れて呼び戻される。それは飛礫だった。
避けることは不可能。咄嗟のことでは目を庇うのが精一杯だった。
防ぎきれなかった胸は痛みにむせるが勢いを失った飛礫が今度は重しとしてのしかかって満足に息も吸えない。
なんとか顔だけでもその中から出すとその分首の後ろ、底に空間が出来た分だけ小石か骨かが流れ込む。
そのことに嫌悪する暇もなく飛来してきた金属が耳の近くで骨に突き刺さった。その正体は、剣だ。
あと数センチずれていれば、あと少し起きるのが遅ければ。あたしの身体を貫きかねなかった。
「ってぇ……」
挫いたか捻ったか。どっちかは判別つかないが右足はしばらく使い物にはならない、支えなしには。
錫杖は倒れたときに手放してしまっていて何処に埋まっているかもわからない。
そうなると危なくはあったがあたしは剣を杖代わりにして骨と小石の中から立ち上がった。
そしてまた白骨を踏みつけて、その頭を踏みにじってでも、動く骸骨野郎の姿を探した。
正直まだ、闘えたもんじゃない。だらしなく開いていた口を閉じるくらいにはなったが鼻息が荒い。
それでも奴を見つけて眼中に入れとかねえと応戦できないから霞む視界で目をこらす。
骸骨は合体をしていた。綺麗に分割したように互いにぶつかりあって砕け散り、一塊りになる。
それが原形の一つになるにはまだまだ時間がかかるようだった。
「は、ははっ……」
そりゃそうだよな。あたし、分割させ続けたからな。
闇雲な攻撃はあたしの寿命を延ばし、体力の回復に貢献した。
あがくだけ無駄だと今まで思っていたが……悪くない、これからも存分にあがこう。
『シャラン』
鈴がぶつかりあったような音がした。その方向を見つめれば不思議生命体のそばに突き刺さっている。
あいつの剣があたしのもとに来たように、あたしの杖はあいつのもとへ行ったのか。
あれは回収しないとな。この剣は重すぎて武器としては扱えない。
『ヒヒ……ニガシハシナイ』
「合体はもう終っちまったのか……はっ、一生やってりゃいいものを」
調整を終えた骸骨はまたカタカタと笑って残虐性を示す。
あれに頬の筋肉があればニタニタと笑ってたことだろう。
そんなあたしの評価も余所に、奴はゆっくりと歩を進める。あたしのほうへ。
「おいキツネ耳、その棒こっちに投げろ!」
これくらいはあの生き物にもできるだろう。なんせ二足歩行と剣を構えることが出来るんだから。
体格から考えてあたしほど深く白骨にめり込んだはずがないから体力も余っているはずだ
キツネ耳は勢いよく錫杖を抜くとそのまま投げつけ――ってぇぇぇ待てやコラァァァァ!
あたしの手の甲狙ってんじゃねえか! 慌てて剣を持ち上げ避けようとするが如何せん重い。
手へのクリーンヒットは免れたが、錫杖は剣の柄にスマッシュヒット。
そのせいでか柄の先端についていた青い宝玉がとれた。それは白骨の上で跳ね返ってあたしの踝にぶつかった。
「な、なんつー脆さだよ……」
だが、今は剣の脆さなんざどうでも良い。それよか錫杖だ。
片膝をついて自分の得物を拾いあげたあたりから背中がごわごわとしていたがそれは我慢した。
「んなことより、とにかく!」
あたしにあの野郎は倒せないことは身を以て実感した。だったら、あのキツネ耳とっつかまえて攻撃させる!
使えるものは何でも使う。この際、猫より役にたたない人間だろうが不思議生命体だろうが関係ない。
「お前なんかやれ! 破壊光線でもフィンちゃんビームでもいいからあいつをやっつけろ!」
「うひゃあぁっ、ニンゲンに腕が増えたぁぁ!」
「叫ぶだけしか出来んのかい! えーいこの耳引っ張りゃ何か発射すんのか、それとも鼻か!?」
「やめてぇぇぇっ! この際リゼラクトでもいいから誰か助けて!」
キツネ耳を捕らえたところで気づいた。足が浮いているような気がするのは気のせいか?
そういやあ。なんで片足負傷してんのに歩けるんだよ、さっきなんて走ってるみたいに……ん?
みたいに、ってのはあくまでも比喩だろう。じゃあ直喩に当たるものはなんだっていうんだ。
『バッサバッサ』
翼の音が聞こえる。あたしの耳許で風が生じて少しこそばゆい。
「なんなの……ニンゲンじゃないの?」
「知らん。この身体、あたしのじゃねえんだからよ」
骸骨はあたしらが地上へあがっていくなか、一度も襲おうとはしなかった。
そいつに残されたのは小石と屍の山と、中空から舞い落ちる白い羽根だけだった。
「あ──、でれたな」
穴に落ちる以前の場所よりもずっと先に進む。赤いレーザー光線の糸に引っ掛かるのも気にせずに。
その度に足下にまた落とし穴が開いたりしたが、両足が浮いてるんだから落ちることはない。
赤外線が張り巡らされた地帯から抜け出た頃、不思議生命体を片腕で抱えてるのもキツくて錫杖共々投げ出した。
ああ、やっと休める。もうボロボロだぞ。服は所々破けてるし、かすり傷とはいえ血も出たし。
「師匠、どこっ!?」
不思議生命体が何か叫んでるのも放っておいた。もう落とし穴もなくなったことだしな、気にする必要はない。
あたしはゆっくりと地に足をつけた。その途端に眠気が襲ってくる。
疲労による眠気は、身体と精神がオーバーワークを起こしてる証拠だ。
それは生きるために、必要な行動だ。生への執着の現れだ。
次に起きた時、真っ先に目に映るものが病院の白い天井でありますように。
あたしは切にそう願った。生きるためにこれほど必死になったことはなかったから。
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