六頁 鶴千年亀万年 何時の頃からか、意識が浮上したことには気づいていた。 だがあたしは惰眠を貪っていた。休日の寝坊は許されるべきだと思うぞ。 でも、さすがに腹減ったな。最後に飯を食ったのは何時間前のことだろうか。 「かあさーん、飯ぃ──!」 ああ、こんなだと女の子が飯とか言うもんじゃないって小言が飛んできそうだな。 咄嗟のことでも変えられるし、時と場合によっては正してる。でもそうするとちょっとぞわっとする。 自分が自分でなくなるとかいうほど大袈裟なことじゃないけど、それでもなんていうかさ。 ん? 変だ、いつもの返事がない。休日、自分の部屋にあたしはいるってのに。 「母さん? なんだ、いないのかよ」 どっかに出掛けたのか、こんな朝っぱらから? 考えられないことはない。 しょうがねぇ、起きるか。遠くに出掛けたなら、飯は作り置いてるはずだろ。 無駄に長いこと寝てると姉貴があたしの分まで食うかもしれない。 あたしは食事のために上体を起こした。まだ眠気が飛ばない。目をゴシゴシとこする。 そういえば、なんで寝てたんだろう。寝る前に何してたか思い出せない。 瞼をこじ開けた先に見えたのは、紫と黄色。あと、緑。何の組合せだよ、これ。 「んあ、げ。なんだよこの格好……。……あーー、いやまさか」 やなことを思いだしちまった。でも、あれは夢だろ? あんな非常識なことが現実にあるわけない。 そう自分に言い聞かせるには、夢というには感覚や衝撃が生々しくて振り切れなかった。 そろそろと自分の服を見、あたしは目をつぶった。また開いたとき、大きく息を吸い込んで。 「……嘘だろぉぉ──っ!?」 常磐の草原に絶叫が広がった。今時の日本にこんな景色が何処にある! あたしは自分の身ではなくなって、その身に紫の法衣と黄色の袈裟を着ていた。 『ろぉぉ──っ!?』 ちっ、御丁寧にやまびこまで返ってきやがった。嫌味かよ! いや、絶対そうに違いねぇ。 その反響のおかげで忘れていた寝る前の出来事も幾らか甦ってきた。 あの骸骨から逃げて、工場の奥で寝た。 そっから先の記憶はない。寝てから何も行動を起こさなかったんだ、そりゃ当然か。 あれは夢じゃなかった、現状は解決してない。知らない場所にいることも、男の身体になっってることも。 「てぇ、待てよ。なんで草原なんだ、日本にこんな場所あるかぁっ!」 有り得ねぇ。日本の狭い土地ん中にこんな場所あるハズねぇ、こんな広大な草原。 それにあたしは建物の中に入ってから外に出た覚えはない。誰かに引っ張り出されたのか? だとするとやったのは誰だ。実際可能かどうかはともかく……出会いは一つあった。あいつか? 「ああもうっ、うるさいなぁ」 キツネ耳はいきなり現れた。背後から喋るもんだから、心臓が跳ね返ったんじゃないかってくらい吃驚した。 それを悟られないためにあたしは数秒黙る必要があった。脈拍が安定するまでの間、並行して情報の整理もする。 こいつ、喋るんだよな。動物なのに人間の言葉を。起きかけの頭を目覚めさせるにゃそれで十分だった。 キツネ耳が喋ることは今までのセオリーを否定するものであり、現在を象徴するものだ。 あたしはこの不思議生命体の登場で一息にコトの顛末を思い出した。銃で撃たれてから、今に至るまで。 「キツネ耳、何やってんだお前。こんなとこで」 あたしは片手をあげて普通に尋ねた。そのはずなんだが、酷くキツネ耳は驚いていた。 耳がピンと立って両眼が丸くなってる。瞼をめいいっぱい見開いたからだ。 知り合いに挨拶すんのは当たり前のことだろ? しないと礼儀知らずってことではぶられるぞ。 別にこいつにはぶられても痛くもねえけど無礼者になるのはいけないことだろ。 「おーい、お前どうしたんだよ。もしもーし、起きてるかぁぁぁ」 手をブンブンとキツネ耳の前で振る。直接触れることはしない。 頭をつつこうもんなら、爪でひっかかれそうだ。手のひらの血管が切れるかもしれないからな。 「うさき、人間が現れたと言ってがこの者か?」 硬直しきったキツネ耳を解凍するために自分の面を引き延ばしてみたりしていたら何時の間にか新顔がいた。 そいつは甲羅に翼を生やした亀だった。まあそれがなくても喋る時点で十二分に変だけど。 キツネ耳とあんまり変わらないほど大きい。キツネ耳は基本がうさぎだからかサイズもそれに近いのに。 喋る動物は見た目にも大きな違いが現れるもんなんだろうか。翼を生やした程度の亀なんてギャグと思われかねないし。 体格はさすがに誤魔化しきれない。まあ、お飾りだと思おうにも目の前で空を飛ばれちゃあ疑いようもないけどな。 「ああ、お前さんか。ひさしぶりじゃの……倉詩のよ」 ……くらし? 誰それ。まかり間違ってもキツネ耳のことじゃぁ、ねえよな。 「羽根亀、そいつは誰だよ。あたしは夕花ってぇの。女だぞ、喋り悪くても」 一応わかってるんだが、根本的には直そうと思っても直せるもんでもねえし。男の体に変異してる今は特に。 まあ、筋肉ムキムキの体じゃなくて良かった。マッチョには悪いが、あたしはそういうのが苦手だ。 亀は長いこと黙りこくっていた。なんなんだよ一体。じっとあたしのこと見てるし。 その間にキツネ耳は動くようになったが退屈に感じると動き回らずにはいられないタイプらしい。 草原に現れた一匹の蝶を追いかけている。捕まえようとは思ってないんだろう、緩慢な動作だ。 蝶は喋らないのか? それとも食われる心配がないから何も言わないのか。 そうじゃないにしても、とても人間的な光景だ。何の不安もなく優雅に舞う蝶も、狩らないキツネ耳も。 キツネ耳は言語を操る能力を持つことから、ある程度の知能と自我を保有することは推測できる。 だけど、蝶はどうなのか。人間の指に蝶が止まることはある。でも、それはじっと指を動かさないでいるときだけだ。 人間の身体が蝶と比較するとでかすぎて、静物だと誤認するから握り潰すかもしれない指に止まるんだろ? キツネ耳は足を動かすことこそあまりしてないが、首を回したり鼻をピクピクさせるくらいのことはしょっちゅうだ。 この、長閑な光景はどちらか一方が弱肉強食を意識していたら成り立たないはずなんだがなあ。 生き物の世界に殺気や殺意という概念は通用しない。そもそも、動物に死の概念があることすら怪しいんだよな。 生きるために他を殺し、子孫を残すために繁殖行為をする。そのどちらにも人間以外は理由を必要としない。 だから悩まないし、過ちもない。遺伝子に組み込まれたシステムに抗うはずがないからな。 草食動物が肉を食うことは自然にはないことだし、肉食動物が肉食動物を捕食することもない。 ピラニアは例外的に共食いをするが、それも生存率の低くなる一定の時期だけでいつもそうなわけじゃない。 雑食動物は、豚と犬と人間だが……それはよく知らねぇ。特に人間はややっこしいから調べようとも思わない。 草食か肉食か雑食かは関係なく、繁殖期には自分の遺伝子を残すためにオス同士争うことはある。 この場合はピラニアじゃなくて人間が例外だな。人間は年中繁殖期だし、女が男を巡って争うのはよくある話だ。 現にそれが鈴茄と実羽だ。鈴茄の一人相撲に終わってるが、それは実羽が鈍感だからことなきを得てるだけ。 もしも実羽が鈴茄の好きな奴の告白をされて軽くでも受け入れたら日本文学の誇る三角関係に突入だよ。 そうなったら板挟みになるのは他でもないあたしだ。どっちも小学校からの平等な付き合いだから気持ちが読めちまう。 実羽が、鈴茄の好きな奴を嫌うだけの強力な要素はない。当人は細かいところまで頭は回らないが、人好きはする。 ……いけね。暇すぎてどうでもいいことに頭捻ってる。この場には実羽も鈴茄もいない、悩んでも無駄なのに。 羽根亀のせいだ、目は逸らさないくせして何も口にしないから。キツネ耳の長閑さに平穏無事な日常を思い出した。 いや、兎の身体に狐の耳を生やしてる異常さ全開の奴をみて遠い場所を見るものじゃないよな。 同じ釜の飯を食った仲の奴よりもあたしの視界に溶け飛んでるっていうかさ。違和感がなくなっちまった。 小学校中学校と給食制度に慣れ親しんでるあたしには同じ釜の飯を食った仲は学校全体に広がる。 だから、どんだけ嫌悪してようとそいつが不良だろうと給食を食う限り同じ釜の飯を食った仲になる。 親の金で来るくせに授業に出ない奴なんざ風景の一部にもならない。いたのかそんなの、ってやつだ。 それと比べれば生死を共にした仲は重くもなる。まあ、結局キツネ耳自体は力を貸さなかったけど。 それでも。あたし一人であの地下にいたら、落ちてすぐにその異様さに脱力してたかもしれない。 今に思えば、キツネ耳の奇行で対応方法を習得したんだろう。助かった後だから何とでも言えるが。 とにかく、そういうことであたしはキツネ耳に対して少し認識を改めてたんだと思う。多分。 対等に見てないと人間、見下すか見上げるかの差はあるけどちょっとしたことを拡大して捉えるからな。 キツネ耳をどんな風に見てるのか。自分に説明したところで羽根亀はようやく結論を出した。 「姿は倉詩ではあるが……中身は違うようじゃの。今のお前さんは穏やかにみえる。意気込みがない」 「日本で中学生やってる身だからな、そりゃあ気楽者だよ。明日からは連日遊び倒すつもりだったし」 戦争や地雷に怯えることなく親の脛を囓れば生きてられる。それだけでかなり楽な人生歩んでるんだ。 親を憎まずにはいられない程のものもないし、料理で好き嫌いもできる。残飯を出しても誰も叱らない。 甘やかされて育った人間が自分から辛いとか言い出せるわけないだろう。働いてからものを言え。 平日は学校、休日は遊びに出かけて。あたしは好き勝手する代わりに、誰の前でも辛いとは伝えない。 「倉詩は、遊ぶことは思いつきもせん人間じゃ。正直なところ……ふっ……笑えて仕方ないのぉっ……!」 羽根亀、笑い声漏れてる。亀の顔だから目は笑ってない、つか顔伏せてるし。こらえきれないからか? 顔を覗こうと思えば覗けないこともなかった。なんせ、宙に浮かんでるから。おかげで前足一本がばたついてる。 足がもっと長ければ片足で腹を抱えてるとこだろうか。なんか、それっぽくばたついてない前足は内側に曲がってるし。 心なしかピクついているように見える。つまりあれか、この身体のこの口で遊ぶって言うだけで抱腹絶倒ものか? あたしのせいじゃないが、なんか腹立つなオイ。見せ物じゃねーぞ、あたしは。 「師匠ー、何なのこのニンゲン。翼生やしたり消したりしたよ。ヒトじゃないの?」 「あたしは人間だ、鳥人とかじゃねぇよ。そういうお前は何者だ?」 「私は……うさぎとキツネの間に生まれただけの、うさきだもん」 「そーかい。こちとら人間の男と女の間に生まれただけの夕花だよ、それで悪いか」 キツネ耳は何がスイッチだったのかまた固まった。こいつの固まる基準が何なのかまだわからねえ。 ま、これもコトが過ぎれば何時かは消える泡沫の夢になるだろ。こんな些細なことは気にするな、あたし。 あたしとキツネ耳のやりとりに一端に口を閉じていた羽根亀が誰に向かってか声だけで笑ってみせた。 きっとそれが羽根亀なりの場の和ませ方なんだろうな。亀に、表情を作るための筋肉はない。 「では夕花よ。お前さんは女だそうだが……少しこれまでの経緯を言ってみてはくれんか」 なんでそこで女だってことを話に出すんだよ。性別で嘘ついてると思ってんのか、喋りが汚いから。 普段は女だろお前と言われてもなんでもないのに、今日はむかついたからちょっと声を荒げた。 「ああ? えーっとなぁ……友達庇って銃で撃たれて気絶した。起きたら近くにいたから、こいつの後を追って此処まで来た」 「簡潔だし不明瞭すぎ。私が湖まで行ったらこのニンゲンに追いかけられて一緒に落とし穴に落ちて番人に殺されかけた」 「あー、そうだったぜ」 「そうだよ」 「で、こいつの持ってた剣の宝玉っての? その玉があたしに触れたと思った瞬間、背に翼が生えててよ」 「私は翼で滑空するこいつに捕まえられて、あの穴の中から脱出できたの。でもね師匠、変だったの。タブーが効かなかった」 なーんか微妙にキツネ耳と連携して説明が成り立ってんな。だからどうってわけでもないけど。 こいつに報告書を作らせたらピカいちだったりするんじゃねぇ? 他人をサポートすることに長けるタイプ。 「ふむ、わかった。しかしタブーが効かんとは初耳だの。リゼラクトは何ぞ言ってきおったか?」 「ううん、それどころか近くにもいない。夜にならないと聞けないと思う。師匠はわかる?」 「夕花の出現に理由があろう。身体は倉詩のもの、奴は法師じゃ。身に宿っておる法力がタブーを解いたのだろうて」 ほら、その証拠にこれだけの少ない説明で羽根亀にも話が通ってるし。 しかもあたしの話から別の一面を引き出したみたいだ。さすがはこの身体の持ち主を知ってるだけはある。 この身体の持ち主は倉詩という名の法師だということも確定した。装備と服装からそうじゃないかと予想してたぜ。 「法力持ちなら、どうしてあの宝玉が使えるの? 魔術師にか使えないって前に師匠言ってたじゃない」 「わしは断定した覚えはないぞ」 「おい、待て羽根亀」 「……おお、夕花にもわかるように話すべきじゃったな」 「そうだよ、説明求めてんのはあたしなんだぞ。わけのわからねえ場所にいきなり居て、身体が変わって」 「すまんすまん。しかし弟子の質問にも答えよう、師匠だからの……これには少し不思議な能力がある」 羽根亀の甲羅の上に丸く透き通るような青色の玉が現れた。宝玉はなだらかな甲羅の上から転げ落ちることはない。 亀が器用なのか、その状態も宝玉が維持してんのか。とにかくこれが普通のもんじゃないのは確かだ。 「使う者によって変質するのじゃが……そうか、翼か。その色は?」 「あ、そういやあん時は慌ててたからよく覚えてねぇけど……」 「翼は白だったよ。純潔を示す濁りのない色」 「なるほどな。さて、夕花よ。最後の質問をしよう。その銃、というものは何度使われた?」 最後の質問で回数なんて聞いてどうすんだ? 回数がそこまで重要なものとは思えないぞ。 まあこの中では羽根亀が一番物知りだろうから、こいつに頼るしかない。そのためには素直に情報は渡すべきだ。 「一度きりだ。あたしが銃弾を受けたの見て、狙撃した奴がうろたえて逃げるのまでは覚えてる」 「ほうほう……そうか。ならば、そいつは巷を騒がせた逃亡者じゃの。倉詩が関わっていると聞いていたが、やはり」 「やはり、何なんだよ。わかったんならもったいぶらずに教えろよ」 「お前さんは倉詩と体を交換してしまった。意図してかどうかはわからんが」 「それは鏡に写さなくても身体つきでわかる。あたしが聞きたいのは原因だ」 「次元を隔てた魂移しが銃によって行われたのだろう。話からしてそれが怪しい」 「おい、ちょっと待て。次元を隔てたって何だよ、次元って」 次元。その意味にはおおまかに言って二通りの解釈があったはずだ。 まず、数学の用語として 空間のひろがりの度合を表す。二次元は面積で三次元は立体のあれな。 国語の用語としては思想や学識などの水準を示す。次元の違う話だとか、格の違いを示す使い方をする。 また、二次元はアニメや漫画の世界を示すこともある。対照的に三次元は現実。これは姉貴が教えてくれた。 日本のアニメにはあたしでも知ってる国民的アニメに同名のキャラクターがいる。うん、これくらい。 それくらいしかあたしの脳内辞書には登録されてない。滅多に使わない言葉の解釈はそう多く載ってないんだよ。 「そちら側では意味が違うのか。そうだの……世界が異なると言えばわかるか?」 「……異世界?」 「そちらの言葉ではな。こちらの言葉では、次元というと縦関係にのみ使う」 「それなら、なんとかわかるかな。話を続けてくれ」 とは言いつつも、後に続く羽根亀とキツネ耳の応酬は十のうち一つもわからなかった。 「魂移しの器は一度交換した魂をもとに帰さねば再び使用することができん。しかもその移動が次元を隔てるとのぅ」 「このニンゲン、上の次元から来たの? でも、魔と戦うのが上手だったよ。上には滅多にいないはずなのに」 「魂だけの移動は器ごとの移動とは定義も変わってくる。倉詩は法師、魔と対決することは定めじゃからの」 「法師の身体だからって、戦うのが上手いものなの?」 「さての。法力は身に宿るものじゃ、夕花はそれを引き出して戦ったのだろう。おそらくは」 理解不能。話についていけない。聞いておくべき話なのに理解できないのはやばいだろ。 それに、ついていけない話を無理矢理聞こうとすると眠気が襲ってくるんだよあたし。 なんとか耐えてると今度は苛々してくるし。なんで下らない話を聞かなきゃならないのか、って。 しかし、あたしが話を続けろと言って数分もしないうちに根をあげちゃいけない。 この打開するためには宣言をすることで自分からぶち壊すしか方法がない。だから。 「おい、羽根亀。この体は倉詩って奴のなんだな。絶対だな?」 「ああ。お前さんの身体が男になったという可能性はないと断言しよう」 「わかった。ぜってーその倉詩とかいう奴、とっ捕まえて元の体を取り戻す」 誰がなんと言おうがあたしの体はあたしのもんだ。奪われたんなら、取り返す。 自分の状況とはり倒すべき相手のことが解れば情報は十分だ。あたしはあたしの身体を探す。 だからもう、その話はやめろ。もうそろそろこめかみらへんの血管がぶちきれそう。 宣言することで、一応見栄を張って話を断絶させようとしたけど羽根亀には隠せなかった。 でもキツネ耳にまでそれを悟らせることもないと思ってくれたからか、一言忠告をくれた。 「困難な道のりじゃ。次元を繋ぐ門を開くことの出来る者は逃亡者によって全滅させられとる」 「一人くらい取りこぼしがいるかもしれねーだろ? そういうことはその目でみてから言えよ」 「無謀じゃのお、百聞は一見ほどではないがまったくの無駄でもないぞ?」 「ニンゲンって意味もなく前向きだね。無策」 「うさきは後ろ向き過ぎるきらいがあるぞ。わしは前を向いとるほうが好きじゃの。なぜかというとのぉ……」 「だあっ。さっさと話を終わらせろよ我慢大会かこれは。何時までわけのわからねえ話を続ける気だ!」 「え、なんでそうなるの……? 師匠、どうしたの。口角あげて笑ったりなんかして」 ついに痺れをきらしたあたしは一息に叫んでしまい、見栄を捨てて白状するはめになった。 あたしは頭を抱えながら、時々キツネ耳のジト目に晒されながら最後まで話を聞いた。 畜生、こんなことになったのは全部倉詩とあのハゲのせいだ。次会ったらとっちめてやる。 ハゲについては銃で撃ってくれた分も熨斗つけて返してやんぜ……首洗って待ってやがれ! そう目標を定めたときには、もう完全に日は暮れていた。 |
旅の目的は定まった。
しかし法師の意図は掴めなかった。
それが大切なことを隠者は口にしない。