前頁 次頁 目次 応接間


七頁 旅は道連れ



今日はもう遅いから、旅立つのは夜が明けてからにしろという羽根亀の助言を素直に受け取った結果。
寝床はキツネ耳の横になった。とはいっても、姿は此処からじゃ見えないくらいに距離がある。
あたしが間隔を狭めようとしたら、その分あいつは離れた。これは近づくなってことなのか。
話しかけるにもやり辛さを感じて、あたしは空を見上げたが満点の星空とはいかなかった。
「……っんとに真っ暗なんだな」
草原の上で大の字で寝てるのにそういった粋なものはおまけに付いてないって詐欺だろ。
そもそも、建物の中じゃなかったのか此処は。何で中が草原だったり日が暮れたりするんだよ。


「はぁ……落ちつけねー。おいキツネ耳ぃ」
ごろりと体を動かして横にいるキツネ耳を見る。くそー、どこにいんのかすらわかんねぇ。
『ビクッ』
「な、何……?」
かなりオドオドしてやがるな。そーいやうさぎって臆病なんだったっけか? いや、慎重だったかな。
「何か面白いもんねぇ? こうもすることがねーとよ、退屈すぎて寝れねー」
おまけに寝心地よくねぇし。こういうもんなのか、野生の動物ってのは。
布団もねぇし。この際わらでも良いから、かけ布団だしやがれ。スースーする。
「ん? おい、キツネ耳」
なんだよ、また硬直か? こいつ、石化するなんて器用だよな。よく瞬きもせずにいれるもんだ。
あれって地味に耐えるのキツイし。


「人間っておおざっぱなんだ」
目をパチクリさせながらポツリとキツネ耳が言った言葉がそれだった。
「あ? てめぇまた耳引っ張ってやろうか」
「やめてってば! ………夕花、おかしくないの?」
ん? さっき妙に真剣な表情をして言ったのか。表情なんざこの暗闇で見えねーけど。
「おかしいってなぁ……ま、そりゃあなんでうさぎなのにキツネの耳と尻尾持ってんのか謎だけどな」
亜種っつーか、この世界があたしの世界じゃないってのはあの羽根亀見てわかったことだしなぁ。
あいつはぽんと言ったけど、現代技術じゃどうやっても亀と鶴の合成なんてできるもんじゃねーし。
つーか、まず生息区域からして空と海の違いがあるんだぞ?
あの亀よりかよっぽどこのキツネ耳のほうが有り得そうだしなー、うん。狩るのと狩られる方の違いはあるけど。
「この世界は不思議がいっぱいで、とっくにあたしの理解の範疇を越えてんだろ?」
法師とか巫女が普通に認知されてるらしいし。法力なんざあたしのいる世界ならホラだと笑われるのがオチだ。
今時三才児でも信用しないって。でも、この世界じゃあたしの背に翼が生えもしたしなー。
一日で全ての常識が覆されかねねーもんだった。夢だったら良かったのにな、ホント。
しかもいきなり服が法師で、コスプレにしては冗談キツイぜ。体ごと変わってるもんな、羽根亀の話では。

「あー、ゴロゴロする以外にやることねぇ……」
「器が大きいって言うのかなぁ、これって」
キツネ耳がぼやき気味に呟いたのが聞こえた。
おい、何をもってそう繋がるってんだよ。人の話ちゃんと聞いてたか?
「うりゃっ!」

『パチン☆』

キツネ耳にでこピンをくらわした。それなりの強さでクリーンヒット。
「ったぁ……」
キツネ耳は頭を押さえつけてごろごろと体を転がした。相当痛かったみたいだな。よーし、狙い通り。
「人の話はちゃんと聞けよー?」
「やっぱりニンゲンって意地悪っ。嫌いっ、大っ嫌い!」
お、ついに怒った。でもキツネ耳に睨まれたって怖くも何ともねーな。
「あーあー。悪かったよ、あたしが」

『ピタッ』

またキツネ耳が動かなくなった。何事だよ、おい。
「謝られた……」
暗闇で見えねーけど、かなり今マヌケな顔してんだろーなぁ。でもこいつ、一体どういう神経してんだよ。
「怒ってる奴には謝んなきゃ虫が治まんねーだろ?」
ただでさえ本心じゃなくとも謝んねーとうるせぇ奴多いからな。鈴茄とかが特にそうだ。
あいつ、一つのことにやたらとこだわるもんだからな。ああいうとこが嫌いだ。

「……思い出したら馬鹿らしくなったな」
今日は目を閉じてりゃ寝れるもんじゃねえらしい。キツネ耳で遊ぶのもそろそろ飽きた。
左腕を枕にして、つんつんと右手の指でキツネ耳をつつきながら戯れで相談してみる。
「なぁ、良い寝つき方はねえのか? なんだって構わねぇ、あたしを寝かせろ」
いっそ体動かして疲れるか? そうすりゃ熟睡できるよな。でも、何処でやりゃいいんだ。
こんな暗闇ん中走ってたらまたあの落とし穴に落ちそうだしな。それは御免だ。
もう二度とあんな気味の悪ぃ落とし穴落ちたくねぇ。死者への冒涜だろ、ありゃ。
自分から相談したくせに、あたしはキツネ耳の行動から意識を逸らしていた。
「……よ、眠りの淵へ導け!」
ふと、あたしの耳許を一筋の風が吹き抜けた。その途端、意識は遠のいた。
ああ、やっと寝れるのか。





平和な朝がやってきた証拠、雀の鳴き声であたしは目を覚ました。ん? 目の前に何か浮いてら。
緑で、白い何か。よく見えねーな……。何度目かの瞬きで、ようやく正体を視認した。
「おう、羽根亀か。早いな」
「おはよう。ほっほ……目が覚めたようじゃの、夕花よ」
普通に目の前が亀が飛んでるな。昨日を境に、常識なんてもん吹っ飛んじまった。
もう寝て起きても惚けたりしない。此処に馴染みつつある証拠だな。喜べばいいのか悪いのか。
「さぁて、と……あれ? 法師の杖は何処行った」
あたりをキョロキョロと見渡す。あの地味な、何処にでも有りそうなボロ杖の行方は?
ついでにキツネ耳はどっかへ行ったのか横にいねぇ。いたって変わんねーけど。

『リィン』

ん。鈴のような音がしたぞ。さっき、左で。近くから。自分の身体をよくよく見下ろすと手元にあった。
「なんだ、手元にあったのか」
灯台もと暗しだったな。さて、行くか。
あ、待てよその前に伸びだ、伸び。これをやんなきゃあたしの朝は始まんねぇの。
「……ぃよっし」
準備体操をやり終えたら。すぐに此処を出て、誰か使える巫女か法師を探して倉詩とやらを蹴りに行くぜ!

そう静かに闘志を燃やしながら準備体操をしていると羽根亀が水を差した。
「ところで物は相談なのじゃが。うさきも旅に連れて行ってやってはくれんかの」
「ああ? なんでだよ。あのキツネ耳も連れてけってどーゆうことだ」
羽根亀の言わんとしていることが掴めねえ。
師匠なんだろ? 一緒にいなくていいのか。
「うさきが嫌いなわけではなかろう? 前々から旅をさせようと思っておったのじゃよ」
「あ。可愛い子には旅させよとか言う奴な。でもあんな超マイナス思考に出来んのか、旅なんて」
「世界を知らぬからな、うさきは。じゃがわしはそう遠くへは動けん」
「亀ってトロイもんな。で、一人旅は危険だから一緒に連れてけって?」
確かにあのキツネ耳、ビクビクしすぎるしまともに一人旅なんて出来ねぇわな。
「話が早いの。あやつは魔法が少々使える。足手まといというだけにはならんじゃろ」
そうだな……別にキツネ耳がついてこようが構わない。右も左もわかんねぇような世界だし。
それでも少し考えてから、あたしは結論を出した。

「あいつがついて来たいんなら構わない。話し相手が務まりゃ十分だ」
「旅は道連れ、じゃな。ではよろしく頼む。不甲斐ない弟子じゃが良い子だ」
羽根亀はこうべを垂れて一匹の不思議生命体をあたしに預けた。
しかし、キツネ耳と2人旅ねぇ。一度口にした手前、無下に扱いはしねえけど。
常識知らなさそうだもんな、外の世界って奴の。何も問題が起きなきゃ良いんだけどな。






NEXT