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九頁 異世界珍道中の旅




『チュン、チュン』
雀のさえずりによってまったりと起こされた。あー、朝か。それも異世界の。
起きあがるとばさり、とかけていた布団が自分の体から離れていった。
「ん? なんでこの中に小鳥が」
寝ぼけまなこで周りが全てぼやけてみえるなか、時雨の近くに小さい何か……小鳥がいた。
「あれ? どうしてすずめがここにいるの?」
ぱちくりと、大きい瞳をまばたかせて時雨は問う。頭を傾げると重力に従ってキツネっぽい耳がたらんと垂れた。
「もー、どうしてじゃないよ! うさき、何でいってくれなかったの。あたし達友達でしょっ」
軽く雀が時雨の頭を嘴で突付いた。軽くでも痛いんじゃないのか、とは思ったが。
「だって師匠がぁ……ひどいんだよ、師匠。いきなり魔法で箱詰めにするんだもん」
前足を地面につけてちょこんと後ろ足を投げ出した。犬かお前。普通うさぎにそんな芸当できそうにねえぞ。
……キツネなら、できるかもしんねえけど。
「ふうーん、玄鶴さんがそんなことをねえ。いいわ、あたしが帰ったら言っておくよ」
つーかさ、なんでこの世界は雀も普通に喋ってんだろ。
ため息つきたくなるぞ、理由は知らねえけど。あの羽根亀の名前なんざ知ったこっちゃねえし。

「あ、それとね。すずめ、私時雨って名前もらったの」
嬉しそうに時雨は雀に言った。今までうさきって、種族名で呼ばれてたもんな、こいつ。
でも、なんで誰も名前つけてやろうとか思わなかったんだ? そこが腑に落ちない。
「ニンゲンに? ふうーん……良かったね、時雨」
早速喋る雀は時雨、時雨と名前を呼ぶ。それを聞いてまた時雨はニッコリとした。
ああ、平和だな。まったくもって平和すぎて目が遠くなっちまうぜ。
「お別れが言いたくて来たんだ。元気にやってなよ。じゃあねっ」
言いたいことを言うだけ言って、雀は天幕から飛び立った。
ほんとにそれだけだったのか、あいつ。
あ、金がねえのはどういうことだって伝言頼めば良かった。……あたしとしたことが。
「過ぎたもん悔やんでもしゃあねえか」
んじゃ飯にでもするか、朝飯。具材と調理器具はー、っと。
あの時、種類別にまとめといたから昨日よりは早く済むはずだ。



探してすぐに調理器具と木炭は見つかった。これ全部が圧縮されてんのに、出すとすぐ元に戻るあたりすげぇよ。
おまけに軽くなるし。どーいった原理なんだかはあたしが一生かけても理解できそうにねえな。
「どーれ……今日はすまし汁と焼き魚とご飯と菜っ葉の和え物ってとこだな」
具材は豊富にある。こんだけ使っても良いだろう。典型的和食だけどな。まあ、あっさりしてるのが良い。
時雨用にも何かつくってやんねーと。すまし汁とか焼き魚なんて食えないだろ。
あたしは料理は慣れてるほうだと思うが……動物用に作ったことなんてない。それに手早く作りたいところだ。
菜っ葉茹でた奴で良いか。でも飼育小屋のうさぎは人参とかキャベツを食ってたような。
でもうさぎじゃないんだろ。かといってキツネでもない。こいつの味覚とかどうなってんだろ?
箸とかスプーンは一応持てたが……シチュー食べてたな、昨日。じゃあ大丈夫か、人間と同じで。

近くの川原から水を汲んできて適当に地面に落ちてる石を並べてその中に薪をくべた。
薪に着火機で火をつけて団扇で仰ぐ。手本は時代物漫画の朝の風景だ。歴史の本よりあてにある。
なんつー江戸時代かそこらの庶民みたいなことやってんだろ、あたし。
格好が法師の姿なだけにほのぼのとしている。というより間抜けだった。何やってんだろな?
面倒だと思ってた小学校とか地域の行事で身につけた知識がまさかこんなトコで役だとうとは。
薪の炎が安定したところで水と米をいれた鍋を流木で作った大きめの囲いにひっ掛けてを炎の上に乗せた。
それから魚を焼く為に出した七輪にも火をつける。魚はさっき水を汲んだ川にいたのを時雨に捕まえさせに行かせてる。
「夕花、これくらいで良い?」
「お、採ってきたか。どれ、どんな塩梅……って」

振り向いてあたしの目に空中に浮かんだ魚の群が映った。多分、時雨の仕業だろう。
「採りすぎだ! これくらいのでかさなら4匹もありゃ充分だろうが」
あたしは空中に静止している魚群の中でも大きめの奴を掴んで、水の張ったバケツに投げ込んだ。
「後の全部は川に戻してこい」
そう命令すれば、一斉に魚は空中から川へと叩きつけられた。
……この、常識知らずのキツネ耳は。
あたしはそのうさぎには似つかわしくない三角耳をぐいっと伸ばす。
「え、何。夕花」
そのまますぅ、と息を吸い込む。
「痛いってば。放してよぉ」
「……生きて帰さなきゃ意味ないだろーがこの馬鹿うさぎてめぇ今まで何学んできたんだド阿呆が!」
それだけ一息で罵倒するとキツネ耳は目を回して気絶した。そりゃそうだ、耳の前で大声出したからな。

まったく……野生の法則も知らない時雨は放っとくとして。
七輪に並べる前に息の根止めないとな。加熱中に跳ね落ちられたらたまったもんじゃねーし。
……でも、どこ切れば良いんだ? さあ調理しようと包丁を振り上げたところではた、動きが鈍る。
普段は死んでる魚を調理するからな。死んでくれなきゃ鱗も落とせねえ。こいつら立派な鱗持ってやがんだよ。
考えもなしに生きてる魚を骨ごと切ったら血や内臓の処理が飛散して面倒なことになりそうだ。
「どうしたもんか……ん? 弱ってんな」
水から出ただけでこんなにも早く弱るのか……魚は数分も経たないうちに力尽きた。
鱗を削ぎ落として、途中で血抜きも必要なことを思い出してやった。
その行程を経て、ようよと七輪にその力尽きた魚を置いた。
後は団扇でぱたぱた仰ぎつつ、なんだ。とまあ、普段の違いに苦労しつつも何とか朝飯はできた。

「はぁ……なんで一回の炊事にこんな疲れるんだ」
それでも昔の人間ってもっと大変だったんだよなー。あたしだったら絶え切れねえ。
いかに現代って奴がありがたみのあるもんだか深く理解した。そして、学校行事にも。
鱗落としの技術も血抜きの技術もスーパーの職業体験のときの賜物だ。
ありがとう、七輪を体験させてくれた地元のじいさん。
ありがとう、職業体験でいきなり生鮮魚コーナーに回してくれたおばちゃん。
そしてありがとう、あたしの明晰な頭脳。記憶力が強くて良かったぜ、本当に。
「いただきまーす……」
他人と自分の頭に感謝の言葉を捧げた割には弱々しい声が出た。
まあ、気疲れが多かったんだ。今回は見逃してくれ、食材たち。お前らを残したりはしねえから。
ああ。やけに今日の朝飯は美味く感じれる……ずずーっとすまし汁飲んでると。
ついでに朝日が眩しい。野外で飯作って食ってるからな。屋根の一つも頭上にはないんで、特に。
「帰りてぇ、自分ちに。あたし、こんなん耐えられねぇわ……」
こんな生活を事前通告もなしに突きつけるなんざ、なんて奴だ。倉詩って野郎は。
そもそもよー、名前からして気に食わないってんだよ。羽根亀に名前の由来聞いたけど。
あの由来には寒すぎて鳥肌立ったね、あたしゃ。法師がなーに格好いい名前付けてんだ。

いろいろ含め、蹴り倒して土下座させてやる。そう心に付け加えてすまし汁を喉にかき込んだ。
いまだに気絶したフリをして目を開かない時雨の頬を草鞋の裏でうりうりしつつ。

「おい、いい加減起きろ。飯が片づかねーんだよ、ほら起きろ!」
もう怒っちゃねーよ、と最後に一言付け加えた途端、時雨はがばっと身を起こした。
「本当? 怒ってない? 食べていいの、私も」
耳を丸めつつ、しゅんとした顔であたしの顔を見上げてくる。……どうやら、反省したみたいだな。
「ああ。次はゆっくり水に帰してやれよ」
「はーい」
ぴょんと前足の一つを空へと伸ばして時雨は了解の意を示した。
「これからは、料理に必要な量を逐一教えてやる」
「うん!」
とても嬉しそうな時雨の声を聞いた。返事が素直なのはいいんだがな…………あっ。
時雨は度を知らないから、何やらせても上手くいかなかったのか。
加減を知るには他人から学ぶ必要がある。それをさせるために羽根亀は時雨を外に出した。
外とは言っても、主に学ぶのはあたしからだろう。同行してりゃ自然と覚えるように。
正直、頭痛い。一々手ほどきしてやらなきゃなんねえなんざ、何か起きる以前の大問題じゃねえか。
「ったく……あの野郎、そういうのは最初に言えつーの」
「どうしたの、夕花。……これ、おいしいよ?」
発覚した悩みの元凶たる奴は呑気に焼き魚をフォークで刺して食っていた。
箸はさすがに使えないだろうと、身をほぐしておいた奴にフォークをがすがす突き立て。
二本の前足で抱えて綿菓子を食うようにしてはむはむしている、加減を知らない生き物。
とりあえずその姿だけは文句なしに、あたしも柄になくカワイイもんだなあ、と思っちまったから。
「なんでもねえよ」
さっさと食えとばかりに手を振って、悩むのはやめにした。まあそれで自分が危険に直面するもんでもねえし。



だが、すぐにまたあたしは頭を抱えることになった。その原因とは、そう……朝飯の片付けだ。
洗剤使って下水処理もせずに川に汚水を流せば環境汚染だろ。いや、洗剤っつてもあるのは石鹸だけどやっぱな。
とりあえず油は拭き取ったが、その拭き取った紙を捨てるものもねえ。
仕方ねえから、手間暇は掛かるが羽根亀に渡された葛籠箱を漁ることにした。21世紀を謳歌する者として環境破壊は頂けない。
20年後にはぽっくり逝ってそうなおっさんはいいだろうけど、あたしはまだまだ天寿を全うするには遠い年頃だろうし。
「立つ鳥は後を濁すなって言われてっからなー。……ち、これじゃねえ」
「夕花は空飛べるもんね。これは?」
「ただの布袋だろ……さっきのはことわざだ。使う前よりも美しくして去れって意味」


ゴソゴソと箱の中を漁った結果、それらしいものが幾つか見つかった。それを袋から出す。
『ボンッ』
軽い爆発音と共に膨れ上がってできたのは、残菜とかを土に埋めて自然処理するような大型機械と小型機械。
小型のは何なんだ? 上から入れて下から出てくるようだが。シュレッダー、とかじゃねえよな?
試しに一枚皿を入れてみる。何とも形容しがたい音がした。なんだよ、ゴガガギチューとか。何をやりゃそんな音出んの。
歯医者のドリルよりも嫌な音が止むと、綺麗になった皿が一枚でてきた。
「わ、使う前より綺麗になった! これが、立つ鳥後を濁すな?」
「こいつにどんどん皿を入れろ。それと、正確には立つ鳥後を濁さず」
どうやら、これは皿洗い機と見なしていいようだ。……にしても、なんちゅー皿洗い機だ。

小型の機械と皿の収納は時雨に、油を拭き取った紙は大型機械に処理させた。
どういう理屈で出来てんのかは知りようもないが、ゴミは欠片もない。
ブラックホールにでも繋がってんのか、こいつら。揺さぶっても何の音もしなかったぞ?
まあ、何も問題なく朝飯の片づけは終わったし天幕はボタン操作一つで勝手に縮んでった。
それでも慣れないことをやってるから、もたついた。
日も昇らないうちに朝の支度をし始めたってのに太陽は南中、つまりあたしたちの真上で輝いてる。
「よーやくここから動ける……」
でも、今日はこれからずっと歩き続けるのか。町とか見つかれば良いんだがな。
天幕の中は居心地が悪いわけでもねぇけど、炊事のことを考えると宿に泊まりたいもんだ。
でもそれには金がねえし……文無しは辛いぜ。町についたら怪しい具材は売り払っちまおう。
それで幾ばくかの金を元手に賭博場でもあれば出向いて、身包みはがされねぇうちに金稼ごう。
時代劇でも賭博場とか見るし、多分この世界にもあるよな。つーかあることを願う。

葛籠箱に時雨も入れて歩くことにした。あたしと時雨は歩幅が違いすぎて、すぐに引き離しちまうから。
川辺の砂利から昨日も歩いた土の道へ戻って、錫杖で地面を突きつつ、ギャンブルの算段を考えていたが。
「あー、でもな……はあ」
「どーしたの、溜息ついたりして」
「ははは。時雨に心配されちまったら、あたしもおしまいだな」
「むう。そんな風に言うならもう心配しない」
「むくれるなよ、冗談だ」
今のあたしは体が男なんだよな。主語を俺にしないと変な目で見られるだろう。
そこんとこにも気をまわさねぇとカマ扱いだ。……ああ、法師でもあったから私、か。
こっちのほうがまだぎこちなくない気がする。面倒くせえなあ、自分の呼び方変えなきゃならねえな。
ぽつぽつ時雨と会話しつつも休むことなく歩き続けてるってのに、移動距離は微々たるものだった。
こうも歩みが遅いと、自転車すら、懐かしくなってくる。自動車とまでは言わないから誰か自転車くれ!


休みなしで日が傾くまで歩き続けていると、やっと建物が目についた。大きな高層ビルが。……田舎なのに。
更に進んでいくと、たくさんの建物が目に映ってきた。それら全ては現代的なものだった。
おいおいおいおい、どーなってんだよこの世界は。田舎からたった二日ばかり進んだくらいで都市が見つかるか?
自分の目をうたがってしまうような光景だった。それは、まるで日本の都市そのもので。
足が自然と軽くなって、あたしは足早に都市の中へと飛び込んでいった。
質屋――――っ! あたしが一目散に向かう場所はそこだった。売れるよなっ!?
走って探し回るとすぐに見つかった。店の暖簾には何でも買い取ります、とある。よっしゃ!

『ガラッ』

店の戸を開けると中には煙草をくわえた男がいた。
「いらっしゃい。何を売ってくれ……」
こっちを向くと男はポロッと煙草が落ちてしまいそうな程、口を大きく開いた。
「? 売りたいものがあるんだが」
「あ、ああそうですか……」
あたしはカウンターらしき場所に怪しい植物やら使いこなせそうにないガラクタを置いた。
男はしげしげと見ながら値段を紙に書き込む。あれだと結構手に入りそうだな、金。
「全部で十万といったところで」
「ああ、それで良い。それは全部売る」
金を受け取れば、即座に質屋を後にした。金はたんまり手に入った。次は賭けだ、賭け。
質屋を発見する前にそれらしい場所を目にした。カードゲームでなら、勝つ自信はあるっ!





「……エースハイだ」
手のうちを明かす時が来た。まず最初に見せた相手の顔に勝てそうにない、というのが現れていた。
一番手持ちで強いエースの他には十、八、七、二のカードしかない。
「残念だったな、私はツーペアだ」
そう言った二番手はツーペア、それもキングとクイーンだった。残りの一枚はジャック。
「……スリーカード」
その声と共に見せられたカードは確かに五のカード三枚、残りは六と九だった。
「悪いね、フラッシュだ」
おお、と周囲の観戦していた奴らがざわめく。これで二十連勝。ポーカーは強いんだ、あたし。
あたしはカードを明かしたところで机の上に積まれた金代わりのチップを回収した。
皆相当な枚数のチップを賭けていただけに、あたしの儲けは大きかった。
チップを全て机の下に置いておいた小さなバケツに流し込むと一気に三杯分の量だ。
赤いチップは一枚で千の価値がある。それがバケツ一杯分、青いチップは一つで百、これが二杯分。
多分現金に直したらすんごいことなるぞ。これくらいあれば、良いだろ。
やりすぎたら儲けがパーになる。早速換金して、あたしは賭場を出た。


これで当分宿代は持つな。でも節約はできるだけやってなるべく長く持たせねぇと。
上機嫌であたしは宿を探して妥当な場所をとった。
宿の設備は何処もちゃんとしてたから、利点を比べあって安いほうをとった。
「あー、気持ち良い……お前もこっち来いよ、涼しいぜ」
今いる宿の部屋は三十畳くらい。一部屋だけど、安楽椅子とか布団も用意されてる。
網戸にした窓の近くの畳でごろごろしていると、旅も悪いもんでもないかと思う。
一泊二食つきだし。どんな料理でるか楽しみだな。何より自分でやらねぇで済むのが良い!








NEXT

法師が質屋と賭場に出現した。それは人々を驚かせ、深く印象を残す。 しかし少女はそれが奇異な目で見られることか考えてもいなかった。