前頁 次頁 目次 応接間



十三頁 罪と理解と協力者




高く高く、空を飛んで。遠い遠い土地まで逃げた。一昼夜をかけて。
誰もいない、人目のつかない森の上空に到達してから。ようやくあたしは地上へ降りた。
「ねえ、良いの?」
「ああ? 何がだよ」
「夕花は悪いことなんて一つもしてないのに、どうして黙って逃げたの?」
例え酷いことはしてなくても、疑われてるのに何も言わずに逃げたら追われるよ。
そしていつかは逃げたことをなじられて、やっぱり悪い奴だって口を揃えて言われる。
せめて、自分は悪いことしてないんだからあんな処刑は嫌だって言うくらいすれば良かったのに。
あの場に留まっていたら、殺される以外にないから逃げる必要はあったけど。
時雨は淡々と言葉を並べた。知っている事実を口にしているだけかのように。
「……ああ、わかってるよ。あの行動であたしが他人の目にどう映ったか、映るのが自然か。わかってる」
コロシアムで勝手に押し付けられた罪状は、あたしがこの手で犯したものじゃない。
あたし自身は確かに何も犯罪に手を染めてないさ、この身体では。だが、この身体は確かに罪を背負ってる。
目にみえない魂や心といったものよりも、目に見える肉体や顔のほうが社会では重視されるんだ。
「じゃあ、どうして? どうして夕花はわざわざ追われるようなことしたの」
神掛かりのようなことをしてみせたって、罪が軽くなることはない。課されたノルマをこなしても減刑されやしない。
あたしは、あの裁判の主審が気に食わなくて神前に身を捧げるだのとふざけたこと宣言したけどな。
「あたしじゃない、の言い訳が通じる世界じゃないからだよ」
「でも悪いことしたのは夕花じゃなくて本当は倉詩さんでしょ?」
「そうだ。この身体が背負ってる罪は本来の持ち主だ」
でもな、他の奴はそんなこと知らなくて良いし理解できなくても良いんだ。
あたしには何故、精神と肉体が入れ替わったのか見当もつかない。単に、性別が女から男に変わるって話じゃないんだ。
どうして会ったこともない、どころか本当に住んでる世界も異なる人間同士の人格が入れ替わってしまったのか。
ゲームなんかであるような一方的な電波通信も精神体だけでの会話といったトンデモ体験な前兆はなかったのに。
ある日突然、友人を庇って銃弾くらってさすがに死んだかと思ったらこの状況だぜ?
入れ替わった当人にも説明できないことを、どうして他人があやふやな説明を聞いただけで信用できるだろう。
だから最初から理解してもらいたいなんて他人に期待しやしないさ。
あたしが倉詩と入れ替わっているということをもう誰かに教えたりしない。
羽根亀と時雨だけ知っていてくれりゃ十分だ。そうすれば他の誰に罵倒されてもあたしは先に進める、歩ける。

「あのな、時雨。知るっていうのは変化を避けられない行為なんだ」
情報を入手するのは知識の蓄積。でもそれは教科書の内容を暗記するのと同じこと。
あたしは勉強が嫌いだよ。漢字の書き取りや四則計算といった生活に必要な能力くらいなら別に良い。
小学生のうちは特に嫌だとも思わなかったさ。でも中学に上がってから、嫌になった。
特に歴史と国語は気に入らない。登場人物の心情なんぞどうして読み取らなきゃいけない?
ミステリー小説なんかでも弁護士や探偵が活躍するようなのは読む気もしない。
検事が活躍する物語は、どうして少ないんだろう。それならまだ見てやっても良いのに。
「うん。呪文を知れば魔術が使えるようになるよ。そうしたら、呪文は私の戦力に変わる」
「いや、それは違……わなくもないか。力を手に入れたら選択肢が増える。それも変化っちゃ変化だな」
あーあ。ただの呟きとして流せるかと思ったんだけどな。なんでついてこれるかな。
抽象的な言い方をしたから、わかりっこないと思ってたんだが。こういう方面で時雨ってハイスペックだな、意外と。
「でも、あたしは変わりたくないんだ。だから知りたくない」
何も知ることがなければ変わることもない。そうすれば、危険にも近づかないし何も苦しい思いをしなくて済むだろ?

≪ あんな犯罪者にも事情があっただなんて、思いたくもない! ≫

「そうだな、例えば。時雨、お前の友達が誰かに殺されかかったと考えてみ?」
友人が殺されそうなその瞬間、警察か何かが突入して犯人を引き剥がして逮捕して。
直前までは何もされていなくて身体は傷なんて負ってなくても。
殺されかかったという事実に何も感じないわけがない。恐怖や悲しみや憎悪だとか、何かが後に残る。
「お前は、友人を殺そうとしたそいつを許せるか? 攻撃せずにいられるか?」
実際に殴ったりといった過激な行動には出なくても、胸の内では思うだろう。許せないと。
例え、傲岸不遜だとか傲慢だとか自己中心だと世間からぶっ叩かれても仕方ない奴だとしても。
自分の友だと認めている以上、思うね。こいつに怖い思いをさせておいて謝罪如きで済ませられるかと。
少なくともあたしならそうだ。絶対、許さない。一生、許さないし忘れもしない。
だから。この身が殺人の片棒を担いたという罪を持つなら、言わない。あたしのやったことじゃない、と。
もしもあたしがやったことじゃないと言ってみろ。周囲の人間はなんて言い返す?

≪ 二重人格気取りか、犯罪者め! ≫

間違いないだろう。それくらいは想像に難くない。
予測できたから、あたしは何も弁明したり無罪を主張したりしなかったんだ。
あの場から逃げたのはそのままだとさすがに殺されそうだったから。
そもそも、死刑じゃないにしても最初から逃走する気だった。
どんな方法であれ罪を購うべきはあたしの心ではなく、この身体で罪を犯した倉詩の心。
だが、他者を害するのは心に従って動いた身体。その身体にあたしは宿ってしまった。
「……出来るものなら、復讐したいって思うかもしれないね」
「うん。それくらいは当然の範疇だな」
自分が入れ替わってしまった身体の素性を何も知らないでいたのなら、否定もしただろう。
身に覚えがないと。でもあたしは罪を犯した人格の持ち物だった器に身体に今現在、入ってる。
つまりは犯行の証拠である凶器を新犯人に握らされたようなもんだ。でも、それよりもあたしの現実はややこしい。
被害者の血を被った身体は何よりも確かな証拠品になるだろ。普通、人間は魂が入れ替わったりしないはず。
人が変わったようだとあたしを逮捕した警官二人は評した。だが、一度たりとも問いかけなかった。
あなたは本当に倉詩ですか、全くの別人ではないのですかと訊いたりしなかった。司法にも関わる警察なのに。
もし、人間の魂が入れ替わったりする可能性を視野に入れていたのなら尋ねるのも職務の一つに入れてるだろ?
中身が以前とは違うんじゃないかと完全には疑われなかったことが答えになってる。
調べる権限を持つ警察や裁判官ですら、そうなんだ。調べる力もない被害者とその身内も入れ替わりなど疑わないだろう。
ましてや赤の他人となればテレビや新聞といったメディアの主観を通じてしか事件が起きたことを知る術がない。
でも、どれだけ警察や裁判が被害者に誠意を示してくれたとしてもメディアが加害者に同情を寄せたなら?
意味ないんだよ。警察の懸命な説明も裁判の妥当な結果にも、何も知らない第三者が文句をつける。
そりゃあ警察にも裁判にも賄賂やら腐敗やらはあるかもしれない。だが、それでもなんで被害者を思いやらない。
事件の被害者は見世物小屋の珍獣か、何も語りたくない被害者や身内につきつけるマイクは苦しみを与えるための鞭か。
「加害者の背景なんてどうでも良いんだよ。そんな奴のことなんて、知りたくもないだろ?」
もし、同情に足るだけの境遇だったとしても。被害者が金持ちで加害者は浮浪者という立場の違いがあっても。
世界中の赤の他人が加害者を擁護するのだとしても、あたしは非難する。お前は血も涙もないのかとあたし自身が罵倒されても。

時雨は何も言わない。でも、あたしの言葉を特に否定しようとは思ってないような表情だ。
「お前の事情なんてわかりたくない、そう責められる立場なんだよ。あたしが位置しているのは」
被害者の悔しがる思いが想像できるから弁明なんて口にしないんだ。
でもあたしは死にたくないから逃げた。罪を否定しない代わりに肯定もしない。
確かに、倉詩はこの身体で犯罪の片棒を担いだんだろう。そして犯罪者の身体にあたしが入ってる。
「でも、罪をおかしたのはあたしじゃない。倉詩と夕花っていうのは全く別の身体の人間だ」
「うん。私はそれを知ってるよ。夕花はそんなことしない性格だって信じてるもん」
アレをやったのはあたしじゃない、なんて口には出来ない。
それを聞いた被害者や身内はやりきれなくなるだろうから。
この顔はあたしのじゃなく、倉詩の顔。憎いその顔で別人だとか無罪だなんて言葉、聞きたくないに決まってる。
だから知らなくて良いんだ。思いっきり、遠慮も容赦もなくあたしを相手に恨んでくれ。構わないから。
理解しようと苦しまないで良いんだ、加害者に宿るあたしの心情を無理に理解しようとしないで。
だから、被害者が余計なことで苦しまないで良いようにあたしは真実を沈黙で隠し通す。
倉詩の身体に奴自身はいなくて無実のあたしが宿っているなんて、公の目から最も隠蔽すべき秘密。
「――ま、いずれは奴自身に罪を購わせるさ。あたしは肩代わりなんてしねぇ」
「うん。そのためには夕花が自分の器に戻らないといけないんだよね?」
「おう。とりあえずはあたしの身体を取り戻して奴を真正面からぶん殴るのが目的だ」
「私、頑張る。夕花のために」
「おーおー。頼もしいこと言ってくれるなあ」
腕に抱いていた時雨を肩の上に乗せて白く柔らかい頬をつついた。
あたしの男らしく角ばった指には、うにうにと弾力ある感触が跳ね返ってくる。
「ちょっとーゆうかーぁ」
「はは、良いぜお前。もうちょい触らせろ……うりゃうりゃっ」
時雨はくすぐったそうにぷるぷると身震いをする。
あたしはあたしで面白い反応に笑いを堪え切れず、大爆笑した。
もともとつられやすいのか、時雨も軽く喉の奥からくつくつと音を立てた。

光の差す明るい森の中に愉快な声が響き渡る。
けれど、それはひとしきり盛り上がりを見せる前に遮られた。
「も、もう我慢出来ない……!」
『ぶちっ』
それは、潜めようとしても抑えきれずに漏れた幽かな声。
時雨は耳がでかいくせには気づかなかったらしい。まだ笑い続けている。
あたしは、声を拾った途端にすっと冷えたけどな。
「おい、誰だ。どこにいやがる」
「え。どうしたのー、夕花」
声がする方向には誰も何もいない。一匹の栗鼠も見えない。何がいる?
「名付け主だから今まで多少のことには目を瞑ってきたけど、もう耐えられない」
「あれ。この声、もしかしなくてもリゼラクト?」
「……時雨!?」
ぽん、ぼひゅっという妙な音が耳音で響いた瞬間に肩にかかっていた重みが消えた。
そして相変わらず、謎の声の主は姿も見せずに勝手に告げやがった。
「お前になんか時雨を任せられない。だから僕が貰って行く」
「待てよおい! てめぇ時雨をどこにやった!」
何も返事はなかった。消えたのか、時雨を連れて。
それが本当だとすんなら……ふざけんなよ、オイ。
リゼラクトだかなんだか知らねえがな、時雨のことは羽根亀に任されてんだよ。
「相棒を誘拐されて、はいそうですかと引き下がると思うなよ……ぜってー、探し出してやる!」
優先順位が変わった。倉詩をぶっとばすより先に時雨を取り戻す。
んでもって、誘拐犯をぶちのめす。最優先事項だぜ、それが。
「時雨は必ず取り戻す。逃がさねえ」
「うん、良い決意だな。手を貸そう」

え。ここ森のまっただ中だよな。なんで人の声がすんの、しかもまた背後から。
ギギギ、と首を回すと人がいた。赤系統の上下の服に赤茶のブーツを履いた背の高い黒髪の女性。
「……うわぉ!? だ、だだ誰だアンタ――ッ!」
お、音もなくいつの間に? さっきまで誰も近くにはいなかったよな!?
あたしは盛大に驚いた。だって、人だぞ人。折角、追手をまいたと思ったのに通報されりゃ逃げてきた意味がない。
さっさと時雨を取り戻したいのに、警察の追跡を避けながら動くなんて芸当……まず無理だ。
あたしは全くの素人だぞ? そんなに頭が良いわけでもない、天才じゃないんだ。
この目の前の人に通報されたら三日と持たない。いや、半日でも逃げきれるかどうか。
地上に包囲網を敷かれたなら、どんなに機動力が高くたって空を飛べたって逃げ切れるもんか。
警察の腕前は、親父が一週間と家を空けたことがないことからも一般人よりは理解してるつもりだ。
「ん? なんだ、そう驚くな。私はライナアイナ。さっきのアレは我が弟でな」
「さ、さいですか……え。あの無色透明と兄弟?」
しかもあれの姉貴? なんで姉が実体持ってるのに弟は実体ないんだよ。
つーもそもそも、さっきのあれってなんだったんだ。少なくとも普通の生き物じゃないよな。
時雨とか羽根亀みたいな、こっち特有の不思議生命体か? だから時雨が名前知ってたのか?
「すまんな。あの白いのはお前さんの大事な道連れだろうに。だが我が愚弟のお気に入りでもあってな」
お前さんが白いのといちゃついていたのを見て嫉妬したらしい。そのついでにお持ち帰りに及んだと。
まあカッと血が昇ってやったことだから許してやってくれないか。悪意はないんだ。
私が弟のところまで案内するから、お前さんは白いのを取り戻してくると良い。
「どうかそれで今回のことは白紙にしてやってくれないか」
「え、はあ。いやまあ、今すぐ時雨を取り返せるなら……それでも」
だーっとこちらに息をつかせる間もなくその人は言いきった。普通に姉貴面してるよ。
しかし、曖昧な返事では納得しなかったのかもう一度念押しとばかりに確認をとる。
「うん。それで許してくれるな? お前さんに恨まれたらあいつでも敵いそうにない」
どうやら、この人もさっきまでの時雨との会話を聞いていたらしい。
うー、うーん。いやまあ、あたしもそんなにホイホイ簡単に他人を憎むわけじゃないぜ?
「……わかったよ、時雨を無事に取り戻せたら。あんたの弟の行為は水に流す」
あたしにとっては酷い言いようだったけど、それでも姿を見せなかったあいつは悪い奴じゃないんだろう。
時雨にとっては知り合いみたいだったし、あいつが嫉妬したのは時雨のこと好いてるからだろうし。
単に友達を自分の陣地に連れていっただけなら、犯罪でも何でもない。
「よし、では契約成立だ。奴の居場所に案内しよう」
「よろしく頼むよ、お姉さん」
「まあ手っとり早い方法だとこれだな。雨錠開門」
え、何それ? ウジョーカイモンって何よお姉さん。
それを聞こうとして相手のほうへ顔を向けると、目の前へ視線を戻すよう指で促された。
「扉はもう既に開いてある。行くとしよう」
「え、えええっ。いつの間に……!」
正面から目を逸らしたのはほんの一瞬だというのに。
戻した視線の先には朱塗りの門があった。日本人には馴染みの深い、いわゆる鳥居だ。
でもって鳥居の内側だけは外側と違って何もない。本来見えるべき森の景色や土の道がごっそり抜け落ちてる。
「お前さんが先に進め。私が殿を務める」
「一応訊くけど。この門の先に時雨とあいつがいるんだよな? どれくらいで着く?」
「ああ、共にいるだろう。お前さんほどの縮地能力であれば五歩くらいだな」



やたらと短い歩数で辿りつけると教えられたが、実際にそうなった。
鳥居を潜ってから五歩きっかり。あたしは時雨と再会した。灰色に曇った空の下、青々と茂った草原で。
あいつの姿は見えなかった。けれど生意気な声だけは本当によく響いた。
しかしそれも姉貴が現れるまで。ライナアイナという人があたしの背後に立ったとき、ぴたりと声が消えた。
そして姉貴に叱られる命じられるままに、リゼラクトは自己紹介をした。自分の名と、時雨の友人だということを。
あたしは自分の名前だけを告げた。時雨との関係性は、何とも言えなくて省略したというか。言うまでもないというか。
「じゃあ、お迎えが来たから帰るね」
「……うん。ばいばい……」
「いかにも引き止めたそうだな、オイ」
「当たり前だろ、ライナアイナが手を貸さなきゃもっと長くいられたのに」
「この愚弟め。今回はお前が性急過ぎたんだ、連れていくのならまず手順を踏め」
さすがに姉貴には勝てないらしく、ライナアイナが口を挟むと黙った。
「そうそう。時雨と遊びたいんなら、あたしに時間と場所を告げてから連れてけってんだ」
それなら別に怒ったりしねえんだからよ。行方が掴めるなら、多少は別行動したって良いんだ。
いつも一緒にいなきゃならないわけでもない。時雨が遊びたいっつーなら特に咎めねー。
「まるで保護者だな、お前さん」
「ん、まあ一応こいつの師匠から頼まれてるからな」

そんなやりとりのあとはリゼラクトも特に噛みついてくることもなく。
ライナアイナの示すままに、また鳥居を潜り。元いた森へと戻ってきた。
「すまなかったな。不肖の弟が迷惑を掛けた」
そう身内の不出来を詫びて彼女は忽然と崖も何もない土の上から消えた。
まあ、無色透明のリゼラクトの姉貴だったしな。それくらいの芸当出来てもおかしかない。
「……そういや、結局あの二人ってなんだったんだ?」
「んー、リゼラクトは夜科で月の精霊だよ。自分で言ってた」
「はっ……? なんだそれ」
「あの女の人は、兄弟っていうんならきっと太陽の精霊なんだと思う」
だって、星の精霊であるリゼラクトのもとへと門を繋げることが出来るんだもん。
そんな大逸れた術をあっさり使えるのは同じく星の精霊としか考えられない。しかも姉なんでしょ?
その条件で絞り込んでいくと太陽の精霊。ただ一つの答えが残るの。
ぽんぽんと、時雨は自説を述べていく。え、ちょっと待て。本気でちょっと待て。
「マジで精霊なんてもんがこの世に存在すんのかよ……」
頭抱えて良いか、なあおい。しかもそれが正解だとするとあの人ってちょう大物じゃん。
いやでも、人じゃないのか。だったら最初に危惧したように警察に通報される心配はないかな。
ぶっちゃけると精霊云々よりそっちのほうが重要だ。えーい、この際だ。人外の存在なら良いって納得しろ自分!
「ねえ、夕花。私も考えてみたんだけどね」
「ん? 何をだよ」
「身体は確かに倉詩さんのものだけど。でも、夕花は悪いことしないって思う誰かがきっといるよ」
「……そーかい。慰めの言葉ありがとよ」
「むう、慰めじゃないもん。事実だもん。もう、その例を一つ夕花は示したよ」
それはどうかな。わかってくれるんなら、そりゃ確かにありがたいさ。
でもそんな虫の良い話があるかよ。あたしは真相を他人に話す気なんてないんだぜ?
倉詩の顔を見ただけであたしのことがわかるもんか。何も言わない、隠すあたしを理解できるわけがない。
有り得ない、そう否定しようとしたとき。名を呼ぶ声がした。
あたしのものではない、この身体とその持ち主につけられた名。その声には覚えがあった。
後ろを振り返ると、覚えのある顔が五十メートルほど先に。あたしを逮捕した警官二人がいた。
「ちっ、もう追いついたのかよ……逃げるぞ、って時雨!」
何を暢気なことをしているのか。時雨は警官二人に手を振った。ここにいる、と示すかのように。
勿論あの距離から気づくはずがない。あの二人が見据えてるのはあたしに他ならないのだから。
あたしの足元で二足歩行をこなし、前足を人間の手のように振る時雨なんて視界に入りもしないはずだのに。
「ねえ夕花、知ってる? 土壇場の行動で嘘はつけないんだよ。それに、夕花は法師でもないのに法術を使えた」
すとん、と前足も地面につけて普通のウサギよろしく四足歩行の生き物の振りをしながら。
時雨は小さくあたしに語りかける。もう逃げる必要なんてないんだって、諭すかのように。
「あの子を解放してあげたとき、夕花は良い人だって証明を立てたんだよ。自分の力で」




NEXT

どれだけ変化を望まなくとも、変わってしまうこともある。 ヒトであっても意識が全てではないのだから。 無意識のうちに変化を遂げていることだってある。 そのことを、いまだに少女は認めようとはしないけど。 でも、身体は既に変化してしまっているのだ。 どうあっても、意識しないところで変化せざるを得ない。 今はただ、そのことに気付かないでいるだけ。